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「夏と呼ぶにはまだ早い」

エアコンの小さな動作音。隣人のベランダの窓の音。閑散とした部屋の中に響くキータイプ音。

風呂上がり、まだ火照りの残る体で心地の良い微睡と戦うだけの週末。

自分の髪から香る甘い匂いは自分では絶対に買うことがない少し高めのブランドのもので。寝返りをうって香るたびに自分ではない誰かのお話を見ているような感覚に戸惑う。現実と非現実を行ったり来たり彷徨っては度々その瞼を擦った。

さらさらとトラックパッドの上を走る右手と真剣な眼差しを交互に見るだけの23時。

恍惚。

風呂上がりの私とどっこいどっこいに体温の高い彼の膝の上ではきっとこのまま眠ってしまうと、徐に体を起こしてパソコンを開いた。

彼のパソコンからは試行錯誤の末ボサノバ調のミュージックが流れ始めた。

時刻は0時を回ろうとしている。

彼の真面目なレポートの横で私は今この陳腐で取るにも足らぬこの文を書いている。

どうしようも無い私だ。軒並み全てが中途半端で適当で。齧ってはすぐ次の何かをつまみ食いするように生きてきた。

そんな私にとって一つにまっすぐ輝く彼はさしずめ一等星なのだ。

おしゃれな言い回しで終わるはずだったこの文も眠気と甘え任せに終わらせて、ただ流れるようにやってくる明日という名の幸せに身を投げた。


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