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ビートルズ【Now And Then】MV&ジャケット秘話

2023年11月3日の日本時間夜10時に、ピーター・ジャクソン監督によるビートルズ最後の新曲 "Now And Then" のMVが公開されました。

公開されて3日経過しますが、見る度に目に付くところや抱く感情が異なっていて、まだまとまった感想を述べられる状態ではありませんが、ひとこと感想を述べるなら、陳腐な表現になりますが「とにかく最高に素晴らしかった」と思います。


ミュージックビデオ

"Now And Then" のMVは、2021年に公開された6時間に及ぶ長尺なドキュメンタリー "The Beatles : Get Back" を制作したピーター・ジャクソン監督に制作が依頼されました。

ピーター・ジャクソン監督

でも監督は、最初は断ろうと思っていたそうです。
自分が愛しすぎているビートルズの、しかも最後の新曲という重圧すぎる仕事であることに加え、これまでMVを作ったこともない。
更には、MVに使えそうなまともな素材も、当初明らかに不足していました。

でもAppleやポール・マッカートニー、リンゴ・スター、ショーン・オノ・レノン、オリビア・ハリソンそしてピート・ベストが彼に多くの貴重な映像を送ってくれたことで、監督は断る理由を失います。
その中には、1995年のアンソロジー・プロジェクトのレコーディング・セッションで撮影された14時間以上のフィルムや、それぞれのメンバーの見たことのないホームビデオなども含まれていました。
そして、監督は「ショートフィルムを作ればいいんだ」と思い立ちました。

ピーター・ジャクソン監督は2022年にジャイルズから送られていた "Now And Then" を、それまでも好んで繰り返し聴いていました。
そしてショートフィルムを作るにあたり、また楽曲を新たな視点で聴き始めた。
すると"Now And Then" が、彼にそのアイデアとイメージを湧き起こさせました。
でも、そこまで来ても、まだビートルズの最後の新曲の映像作品を作るということには大きなプレッシャーと困難が伴いました。
あれほどの監督が、不安で押しつぶされそうだったと語っています。

でも、彼はやり遂げました。
制作途中で会う機会のあったジョージの息子ダニーにも意見を聞いたりしながら、"Get Back" の編集者ジャベス・オルセンと、まず前半と後半の構成が決まります。
ピーター・ジャクソン監督は最初全てを通して感動的なフィルムにしようと考えていましたが、「それは何か違う気がする、ビートルズというバンドはそんな風じゃないはずだ」と思い直し、中間部をビートルズのユーモアに溢れた、視聴者が一緒に笑える内容にしようと考えました。

ビートルズの圧倒的な音楽とその存在を前に、彼はアイデアをどう実現させれば良いか何度も立ち止まって検討する必要がありましたが、視聴者一人ひとりに自分だけのビートルズとの別れの瞬間を創造してもらう橋渡しができるような作品を目指しました。

そして不可能と思えたその気の遠くなるような作業を、ビートルズを愛して止まない鬼才ピーター・ジャクソン監督は達成し、世界中のビートルズファンに、誇りを持って放ってくれました。

私たちが抱いているビートルズへの想いや願いはひとりひとり違っているので、楽曲同様きっとこのMVの受け止め方も違ってくるのではないかと思います。

私は、切なさと悲しさと感動と、あとビートルズに不可欠な笑いの要素が詰まった映像を、PJ監督の苦悩と深い愛を感じながら観ました。
本当に笑いながら泣いてました。
多分この世で最も濃厚な4分半のミュージックビデオ(という名のショート・フィルム)じゃないかなと思います。

ビートルズへの感謝を抱きながら、相変わらず4人はかわいいしかっこいいなっていう確認作業もしながら、でも "Now And Then" の歌詞を追うと、「ビートルズっていうこんな素晴らしいバンドがいたんだよ」っていうような「ビートルズが完全に過去のバンドになった」みたいな気持ちが湧き上がってくることもあって、これまでの人生で経験したことないくらい複雑に忙しく心が動いていました。

最後ビートルズが私たちに、マネージャーのブライアン・エプスタインにみっちり仕込まれた美しいお辞儀をして、それから4人の姿がゆっくりと消えていきます。

ビートルズ " ナウ・アンド・ゼン"

最初見た時その演出が辛すぎて、どうしてピーター・ジャクソン監督はビートルズを消してしまうの??って理解できませんでしたが、監督はこの作品を『ビートルズにふさわしい最後のお別れ』として制作していたと明確に述べているので、ビートルズ、つまりポールやリンゴも、私たちファンとお別れをするつもりで、ビートルズを終わらせるつもりで "Now And Then" を仕上げ、確実に終焉を示すためには4人の姿は消えてしまわなくてはならなかったんだと思うと、もう辛くて悲しくて切なくて受け止められなくて、この瞬間にも泣いてしまいそうです。

ポールと "Now And Then"

"Now And Then" の楽曲とドキュメンタリー、そしてMVに触れて、このプロジェクトにかけるポールの想いというか覚悟みたいなものを痛いほど感じて、それもまた胸を締め付けます。

リンゴは9月末の時点でこの楽曲のリリース日も知らなかった程で、多分このプロジェクトにはポールほど深くは関わっておらず、ポールがジャイルズに声をかけた時にほぼ曲の構成もレコーディングも終わっていたという状況から、"Now And Then" プロジェクトは完全にポール主導で行われたことが窺えます。

ポールが、『自分の手でビートルズを終わらせる』。
そんな気持ちで望んでいたから、あんなに「ビートルズの4人が一緒に演奏していることが大事なんだ」ってことを、どのインタビューでも強調していたんだなと思います。

そんなポールは、"Now And Then" の楽曲の中でもう一度ジョンと歌うという悲願を果たしていますが、30代のジョンの声と80代のポールの声は、かつて20代で聴かせてくれたハーモニーとは当然同じではありません。
更に20代では有り得なかった、リンゴも一緒に歌うというスタイルを取っています。
同じことをするのを嫌うビートルズは、 "Free as a bird" のように順番にボーカルをとることもしません。
そして、かつての20代の息のあった美しい三声コーラスが私たちを癒してくれます。

でもそれでも、それだからこそ、"Now And Then" がビートルズのお別れの曲としてきちんと成立するんだと思います。

"A Day in The Life" の中でオーケストラに指示をだす1967年のポールはこんなに険しい表情で、でも、2022年にストリングスのレコーディングを見守るポールはこんな穏やかな表情をしています。

何か、自分の事というより、自分の愛するボーイズの仕事がうまくいくようにと見守ってるような表情にさえ見えます。
ピーター・ジャクソン監督の前作 "Get Back" で、ぐいぐいとバンドを引っ張っていた強気のポールが、確かに今回のプロジェクトでもイニシアチブを取ってはいるけど、顔つきも物腰もまったく違う。

そんなポールに目を奪われていると、全く異なる空気感をものすごいエネルギーで運んでくるのが、ジョンです。

MVの中のビートルズ

ジョンは、"A day in the life" の時も、"Now And Then" のときも道化を演じています。

こんなジョンの姿も、メンタル次第で笑えるし泣けるし、ふざけるジョンが時々志村けんさんに見えて笑えて、でも、ケンちゃんも 'I miss you' の人だな、って切なくなったりして、本当にピーター・ジャクソン監督はなんて作品を作ってくれたんだろうと恐ろしくなります。

ジョージ・ハリソン&ジョン・レノン

'I miss you' なジョンとジョージ、そして今も元気で私たちを楽しませてくれるポールとリンゴ。

リンゴ・スター&ポール・マッカートニー

そのコントラストも強烈だし、複数人で戯れてたり時空を超えた自分と共演してたりする映像を眺めながら、「あー、役割分担できててビートルズって本当にいいバンドだな」って嬉しくなったりもして、いつまでも"Now And Then" が終わらないといいなと思っても、"Now And Then" にも、そしてビートルズにも、終わりの時はやってきます。

The Beatles - Now And Then MV

ピーター・ジャクソン監督は、MVの制作を引き受けた時、彼も愛してやまないバンド 『ビートルズをきちんと終わらせる役割』を引き受けたんだと思います。
そしてそれは、ピーター・ジャクソン監督にしかできないことだったと思います。
心から感謝です。

"Now And Then" ジャケットの秘密

辛すぎてどうにかなりそうなので、ワクワクする話をしたいと思います。

"Now And Then" の 7インチのアナログ版が、私のところにもやってきました。
色々言われてる表ジャケットですが、手にするともう既にに愛着が沸いているのが不思議です。
なんとなく品さえ感じます。

Now And Then と 赤盤青盤

このジャケットに関しては、「赤盤青盤と文字の傾きが一緒なんだ!」という説が聞こえてきたりもしていますが、私が個人的に自宅の分度器で測ったところによると、赤盤と"Now And Then" の角度は10度程ずれていました(出回っている海外のファンが作ったという画像は、PPMのジャケットが少し傾いて見えます)。
誤差の範囲ですし、そういう発想でデザインされたものなのかもしれませんが、せっかく検証したのでお伝えしておきたいと思います。

でも、こんな風にあれこれ考えるのもよく理解できて、私もこのシンプルなデザインには何か特別な秘密があって、実は凹凸があったり、ジャケットが布地だったり、暗いところで光るとか、擦ったらいい匂いがするかも、と色々妄想していましたが、実際実物を手にして確認したところ、何の変哲もない普通の紙製のジャケットでした。そして無臭でした。
何にしても、こんなに話題と興味をさらっている時点で、このジャケットデザインは最適解だったんじゃないかという気がしています。

しかし開封後に目にしたライナーノーツに、ものすごいことが書かれていることを発見しました。

表ジャケットよりも評判が良さそうなこの裏ジャケット。

中央に鎮座しているアンティークな時計や散りばめられている数字には何か意味があるのかな?とこちらも興味津々で思いを巡らせてきましたが、何と、この時計にはものすごいエピソードがあったんです。

Now And Then ライナーノーツ

実は、この "Now And Then" とデザインされてる時計は、ジョージの私物なんだそうです!!!!
ここからがさらに鳥肌な話なのですが、ジョージは1997年にこの Chris Giffinというアメリカのアーティストの作品を買い、自宅に保管していました。
ある時、オリビア・ハリソンが久しぶりにその時計を出してきて眺めていたら、ポールから電話が掛かってきました。
そして、ポールはオリビアに「 "Free as a bird" と "Real Love" を作った時に同時に取り組んでいたもうひとつの曲のことを話して、彼女にそのタイトルを告げました。

Now And Then

オリビアは唖然としながら "Now And Then" と書かれた時計を眺め、ポールに「ジョージも "Now And Then" を仕上げることに賛成してると思う」と応えました。

そんなことあります????

まず震えるのが、1997年ということは、ジョージはこの時計をアンソロジー・プロジェクトの後に買ったということで、つまりジョンの"Now And Then" のレコーディングセッションに、ポールとリンゴとジェフ・リンと取り組んだ後ということになります。
そしてその数年後、お店で見つけた "Now And Then" と書かれた時計を買っているって、、、どんだけエモいの????と思います。

つまり、この時計は本当に物理的に存在していて、ジョージの所有物で、裏ジャケットのデザイナーの Ed Ruscha はその時計を素材にこのアートワークを作ったということでしょう(ライナーノーツには "a new painting by Ed Ruscha" とも書かれているので、単純にジョージの時計の写真がそのまま使われているというわけではなさそうです)。

このビートルズマジックとしか思えないようなエピソードは、多少脚色してあったりするのかもしれませんが、それでもそのまま信じたいな、と思わせてくれます。
いつかジョージの時計の現物を公開してもらえる時が来ることを願っています。

さいごに

みのミュージックのみのさんが SNSで、ビートルズの新曲は「ビートルズサーガの終焉」や「ファンへの最後の贈り物」という以上の意味を持ち『ビートルズと共に始まった録音芸術の時代は、ビートルズと共に終わる』というようなことを書かれていました。

今回の "Now And Then" もそうですが、ビートルズの作品もファンを名乗る人たちの手で盛んにAIを使って弄ばれているような気がしていて、ビートルズが、ポールが、"Now And Then" で私たちに別れを告げたことは、そういうAI時代の始まりを示唆することとイコールなのかもしれないなと思わされました。

ピーター・ジャクソン監督が私たちに届けてくれたミュージックビデオには、数回観た程度では到底把握しきれない情報が詰まっていて、今後も何十回、何万回と楽しませてもらえる作品になるんじゃないかと思います。

ビートルズは私たちにお別れを告げたのかもしれませんが、ビートルズの作品は永遠に残り続けますし、ビートルズというバンドやその音楽、ストーリーの価値や尊さはこれからもどんどん高まっていくでしょう。
1962年にレコードデビューを果たした20代の4人組のバンドの一挙手一投足に、60年以上経った今もこうして世界中が振り回されていることがそれを証明しています。

最後の曲として "Now And Then" を提示してきたビートルズに対して思うことは、きっと各々、色々あると思いますが、こうしてあれこれ考えたり感動したりできている幸運と幸福を噛み締めながら、改めてビートルズとこの楽曲を送り出してくれた全ての人に感謝したいと思います。

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