マガジンのカバー画像

親、過去の話

20
あまり明るい人生ではありませんが、それなりに生きています。
運営しているクリエイター

#アダルトチルドレン

【毒親】思春期、反抗期は許さない親。

これはうちの親が思春期、反抗期に対する正しい理解がないため、 ただなんとなく、 『子供は親に逆らう時期があるらしい』 程度の認知しかない為、そんなわがままはウチでは許さないと口を酸っぱくして言われておりました。 反抗期=ワガママではないだろう。と子供ながらに思っていましたが、わざわざそれ自体に反抗するでもなく日々を過ごしておりました。 毒親VS子供【心の変化】とはいえ、成長というものは誰にでもやってきます。 好きな人ができた。 初めて友人と遠出してみたくなった。

【毒親】精神疾患やアレルギーは信じない親。

自分たちだけの閉鎖的な世界で生きている祖母と父は、精神的な病気、例えば『うつ』などは一切信じないクチで、常に 『そんなものは存在しない、あれは嘘だ』 とやたら主張してきます。 身の回りにそういう人がいないのか、知った尚信じていないのかは知りませんが、とにかく病気というのは外傷や内臓疾患などを指すものであって、見えない心の病気などは、ただの『気のせい』にされてしまうのです。 毒親家庭での精神疾患そんな家庭で育った私、もちろん実家暮らしの時から精神的におかしくなっていまし

【毒親】外食や旅行は苦痛。

小さい頃、親と外出することが本当に大嫌いでした。 洗脳されて【うちの親は全て正しい】と思っていた私でさえも、その人間性を心が拒否してしまっていました。 父と祖母は私や家のことにはお金は一切惜しまず、湯水のように使うので、外食に行く食事は確かにどれも高級です。 ですが何一つ美味しいと感じたことがありません。 好きな食べ物とかも全くなかったです。 祖母の作る料理は洋食が一つもなく、唯一美味しいと感じたのは『お茶漬け』ですね。暗い家で静かに急いでお茶漬けを食べる方が、高級

【毒親】過干渉でヒステリーな祖母

私が産まれた時、父は前回話したような人間ですので、 とても1人で子育てなどできるはずがなく、すぐに祖母と祖父に育ててもらうよう電話したそうです。 子供が大好きな祖母と祖父はそれはもう嬉々として第2の子育てを始めました。 祖母は当時60才。 まだまだ若いとはいえ、60からまた子育てをするというのは大変なことです。 祖母は本気で子育てをするために、その瞬間からお酒もタバコも辞めたそうです。 そこは素直に尊敬しますし、感謝も(その部分に関しては)しています。 私にとっ

【毒親】アル中、極道、子供依存症の父。

私の父は私が生まれる前から無茶苦茶な人で、 私が生まれてからも変わらず無茶苦茶でした。 前回の話で、私(子供)には家の内情は何も話さない家庭だと言いましたが、 職業に対してもそうで、父が極道だということは教えてくれませんでした。 刑務所にも何度も入っていましたが、その度に、 「お父さんは仕事で出張だからしばらく会えないんだよ。」 と父からも祖母からも聞かされていました。 全身刺青が入ってますし、毎朝仕事に出かけないし、子供ながらに、 「うちのお父さんはヤクザな

母親の存在を知らない話。

私は祖母と父に育てられました。母親は物心つくもっと前からいません。 改めて記憶のない人のことを書くとなると 本当に何の情報もないくらい母親のことを何も知らないのです。 死別ではなく離婚だとは思います。 何も知らない。 これも結構違和感のあるものでして、祖母も父も、 「子供は大人の話など知らなくていい。どうせ言っても理解できないだろう。」 というスタンスまっしぐらだったのです。 他にも父や祖母の過去なども含め、本当に何にも教えてくれません。 いつから母はいない