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街のコンテクストとか言われてもね(ホテルに泊まって思考ドライブ ⑦:NOHGA HOTEL AKIHABARA TOKYO)

11月にNOHGA HOTEL AKIHABARA TOKYOに泊まってきた。主に設計やデザインにフォーカスした宿泊記録はこちらから。

今回はそのB面。普段からB面では、ホテル運営や街づくり、都市論のようなホテル周りのソフトの話をしているが、なぜか今回は、なかなかタイピングが進まない。やはり、自分の興味は広く浅くで、その中でも根は「人」の営みに興味があるというところで、ホテルが建っている街の背景にスポットを当てて物事を考えることが多くて、テーマが似通ってきてしまう。

1回目から泊まった街を列挙してみると、
 1回目:浅草橋(馬喰町)
 2回目:本所(浅草、蔵前)
 3回目:新橋
 4回目:西新宿
 5回目:渋谷
 6回目:池袋
 7回目:秋葉原
と、バランスよくいろんな街に泊まってきている。2,3,5回目はどちらかというとホテルのブランドに関しての話をして、1,4,6回は街にフォーカスしているが、その3回はそれぞれ、卸問屋の多い下町的な浅草橋、高層ビル裏の人間味豊かな住宅街のある西新宿、綺麗になる駅前から取り残された怪しい雰囲気の北池袋、、、それぞれの街の中でのホテルの位置づけやコンセプトづくりみたいなところでいろいろ想いを巡らせるという点で、どの街も面白い個性があった。

さて翻って、今回宿泊した秋葉原という街は、どうだろう? 普段の通勤ルートでもあるものの、改めて文章に書き起こそうとすると、思ったよりキャラクターが掴みきれない街である気がしてくる。

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一般的な秋葉原の街というと、「電気街、アニメ、メイドカフェ、、、」のようなイメージがあるが、実際にはどうだろうか? 秋葉原は日本のオタク文化の象徴として、おそらく10年以上前から「観光地化」が進んでいった街で、安全に楽しむことも求められるし、観光客に媚びたサービスが増えるし、何となく街全体が周囲から求められている形にパッケージ化されてきているような印象がある。一方で、街の裏手にいくと、ごちゃごちゃした昔ながらのお店も残っていたり、なんか怪しげなコンセプトカフェがあったり、雑然として捉えどころがない。

そんな秋葉原を、NOHGA HOTEL AKIHABARA TOKYOがどのように捉えているかみていきたい。

そもそも、これまでマンション事業の強い野村不動産が『地域との深いつながりから生まれる素敵な経験』というコンセプトを掲げて作ったホテルがNOHGA HOTELである。地域とのかかわり方については、しっかり企画段階から考えて作りこまれているはずだ。NOHGA HOTELのホームページなどでは、このように紹介されている。

東京・秋葉原。振り返ればいつだってここは、日本のカルチャーの真っ先を行く人々や情報、モノが交錯する場所でした。
各地から資源が集まる江戸の船着場を埋め立て貨物駅ができた明治時代、都内の食の発信源となる神田青果市場ができた昭和初期。
この頃にラジオ・無線部品商も栄え始め、戦後は家電やオーディオ機器、レコードの街へ変遷を遂げました。
21世紀に入りサブカルチャーの街としてその名を轟かせた後、現在も各時代の顔となった多くの文化が形を変え生き続けています。

日本のカルチャーの真っ先を行く場所。明治からのざっくり歴史をおさらいしながら、うまくまとめていると思うし、ホテルの中身自体も、サブカルに単純に迎合していなくて、「多くの文化が形を変える」という「捉えどころのなさ」を捉えたものになっているような気がする。

ピンポイントで、オーディオ機器を凝ったり、ネオンの照明を内装に用いたり、として、直喩的に秋葉原のエッセンスを取り込んでいるが、やはり全体としては周囲の街の雰囲気と比べると、圧倒的にオシャレであり、普通の人が思う「秋葉原らしさ」からすると非常に異質な空間だ。

スタッフの方と少し話をしたところ、「この秋葉原の電気街の中にいきなりこういう場所があるので、やはり来た人は皆驚かれます」「あまり秋葉原の中にない場所なので地元の方にも結構使ってもらえてます」というようなことを話しされていた。

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そんななかで、館内のアートは、近くのアーツ千代田3331がキュレーションに関わり、学生や新進気鋭の若手の作品を展示していたり、周辺施設とコラボをして、観光ツアーを企画していたりもするらしく、地域との関わりというコンセプトも緩く実現されている。

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ここまで書いてきて、秋葉原の街中に(拒絶されないように上手く調整された)「異色なものを差し込む」ことで、街に新しいエッセンスを加える、その試みとしてノーガホテルが位置付けられるかな、と思えてきた。

よく、不動産企画や設計の初期段階では「その街のコンテクストを捉えて、馴染むものを作る」というような話がよくなされるが、その施設もできてしまえば街の一部となるのだから、常にその建物が回りに与える影響も含めて、その街のポテンシャルを見極めないといけない。

街づくりの研究でも、街に入り込み過ぎると、その観察者によってコミュニティが変容していくことを問題視するスタンスと、それも含めて街づくり研究だというスタンスとがある。どちらが正解というわけではないが、自分が積極的にその街に関与するという覚悟があるのはどちらのスタンスか、と問われれば間違いなく後者だろう。そしてその覚悟が街に馴染むための秘訣なのかもしれないのだとすると、研究に留まらない実際の街づくりや建物企画においては、街のコンテクストなんてものは、頭でっかちに考えるのではなく、走りながら考えるくらいが正解な気がする。

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