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仕事辞めてロシア留学したら戦争始まって計画パーになった話~転職・ロシア語との邂逅編〜

きっかけはメイド喫茶

 電話帳のような厚さの書類にまみれ、faxとパソコンを使って20世紀と21世紀を反復横跳びしていた私は、仕事に嫌気がさしてメイド喫茶に足しげく通う日々を送っていた。ある日、顔見知りとなった他の客と仕事の話になった時に、たまたま転職の話になったことがあった。

「いい仕事先中々見つからなくて、困ってるんですよ~」

と私が何の気なしに言ったところ

「へ~。じゃぁうちの会社来なよ」

と相手も何の気なしに返答してくれた。

 その会社というのは、いわゆるキャッシュレス決済事業社だった。今や日本全国どこに行ってもそのロゴマークを目にする、QRコードを用いた決済事業を扱う会社だった。当時は知名度が伸びつつあった頃であり、物理的接触のないという特徴によって、コロナ禍を追い風にしてその勢いを大きく伸ばしている企業だった。私も子会社とは言え銀行系の企業に勤めていたので、ある程度は財務や金融、カネの流れと言ったものに関心はあった。またオフィスで紙の上の文字と数字の羅列ばかり追いかける仕事に辟易していたこともあり、フロント営業は面白そうに思えたのだった。しかし所詮メイド喫茶での世間話である。私自身この会話を本気にしていなかったのもまた事実だった。

「機会があったら受けてみますよ」


 と当たり障りのない返答をし、その時は軽く流したのだった。

 しかし数日だったある日、良い会社はないかと転職サイトをぼんやりと眺めていた時のことである。偶然その企業の名前が目についたのだった。地元での求人が出されていたのを見た私は、メイド喫茶で誘われたことを思い出し、「どうせ受からないだろうが、メイド喫茶での話のタネが新しく出来るな」くらいの軽い気持ちで、ただただなんとなく応募したのだった。


飲酒面接 

 数日後、私のもとに書類選考が通過した旨の連絡と、次の面接の案内が届いたのだった。しかしここまではいつも通りである。「ここまでは行けるんだけどね~」と内心独りごちながら届いたメールの詳細に目を通した。そしてそこ書かれた面接の方法は、少々変わった方法だと気が付いたのだった。

 その方法とは私の姿をビデオ録画し、スピーチのデータを提出するというものだったのだ。そして質問内容は録画開始直前まで伏せられており、頭の回転とアドリブが試されるという試験内容だった。なるほど、営業職への適性を調べるには効率の良い方法だろうと感心したものだった。

 この時も私は決して本気で入社したいとは思っていなかった。繰り返しにはなるが、そもそも受かるとは思っていなかったのと、雇用形態が契約社員であったために、あまり乗り気になれなかったのだ。そこで私はこの面接で遊んでみようと思い至った。それまではいくら真面目に受けても一向に内定の出ない面接ばかりが続いていたので、「行くつもりもない会社なんだから遊んでしまえ」と考えたのである。

 私は「ちょっとばかりアルコール入った方が頭も口もよく回る」という、酒飲み特有の独自理論から、飲酒面接をすることにしたのだった。酒を飲んでから面接を受けるというのは非常識極まりない話ではあるのだが、しかし画面越しにそんなものはそうそう分かるものではない。

  酒に酔えば上機嫌になり、聞かれてもないことをペラペラと喋りだすのが私だ。面接前に缶ビールを2缶も空けてしまえば、ちょうど良い具合にアルコールが回ってきて、頭がアイドリング状態になった。根拠のない絶大な自信が全身に漲り、どんな質問に対しても力強くホラを吹ける身体が出来上がったというわけだ。いくら飲んでも顔色が変わらないのを良い事に、私はそのままへべれけで録画を開始し、自信満々にあることないことを吹き込んだデータを送信したのであった。

 しかし世の中は適当にこなしたことや、何の気なしにしたことが思いもよらない結果をもたらすこともあるものだ。つまり、この飲酒面接はなんと無事に通過してしまい、最終面接の案内が私のもとに届いたのである。

 面接通過の結果を受け取った時は本当に大爆笑したものだったし、同時にえも言われぬ複雑な感情になったのだった。今まで真面目に受けて、そして滑っていった面接は一体何だったのか。今まで何度も何度も行った面接対策とはいったい何だったのか。真面目な時ほど残念な結果ばかりが残り、ふざけた時ほど好ましい結果が残るのは、あまり納得いくものではなかった。
 しかし、であるがゆえに「最終面接も酒飲んで受けたら内定でるのでは?」と考えるのも、ごく自然な成り行きであった。

 幸いなことに最終面接はオンライン形式であったので、ここでも飲酒がバレるリスクは少なかった。どうせふざけるなら最後までふざけてみるかと、私は最終面接の前にもビールを煽り、ほどほどに酔った身体で面接に臨んだのであった。

飲酒入社

 幸か不幸か、あるいはそういう星の下に私は生まれているのだろうか。酔っ払って受けた最終面接では、面接官をしていた支店長からその場で内定の結果を伝えられたのだった。転職活動では最初に内定が出た会社に入社しようと決めていたので、私は入社の意思を示したのだった。示された条件も雇用形態が契約社員であるという点以外は悪くなかったので、「また転職活動すればよい」と割り切ったのだった。

 元居た会社の上司には、何度となく「こんな会社長くは勤められません」と言っていたので、退職の意思を示したときはその早さに驚かれたものの、スムーズに業務の引継ぎをする事が出来た。
 コロナ禍と言う事もあって送別会等も特段開かれることはなく、私は退職と次なる新天地への入社を無事終えたのだった。とは言え、きっかけも経緯も、転職活動を始めた頃には思ってもみなかった結果ではあった。

私の転職活動記
「メイド喫茶で仕事サボってる先輩社員に誘われたのが志望のキッカケでした。どうせ受からないだろとタカくくって酒を飲んで面接受けたら、なぜか内定出ていました。」


 全くふざけた話である。毎日おちゃらけて生きている私にとって、こんな世にもふざけた物語で入社するのは、ある意味お似合いなのかもしれないが・・・。


 転職先となる企業では以下のような労働環境であった。

  • 就業時間 コアタイム無しフレックス制(通常10:00~18:45)

  • フルリモートワーク

  • 端末貸与

  • 営業先から自宅までは直行直帰

  • 営業スタイル自由

  • 服装自由

  • 月収30万円+インセンティブ


 正直言って相当に良い就労環境であった。特にフルリモートワークで午前10時からの始業と言う点は本当に素晴らしく、朝は10時から始まる朝礼zoomに間に合えばよいので、ほぼ毎日9時半まで爆睡していたものだった。また営業成績を取りさえすれば営業スタイルが自由なのも良い点であった。極端な話として、午前中に1件成約を取れば午後は何をしても、それこそメイド喫茶に入り浸ったとしても、少なくとも怒られることはないのである。

 このさながら理想郷のような労働環境によって平日でも大幅な自由時間の確保が出来るようになった私は、新しく何かにチャレンジすることにしたのだった。ただ一口に「チャレンジ」と言っても、何か特別にやりたいことがあるわけでもなかった。どちらかと言えば向上心はなく、意識低い系であった私は、そもそも何をしたいのかと言うところから見つける必要があったのだ。


ロシア語との邂逅

 OJTでの新入社員研修もそこそこに、私は早速県内各地に営業へと出かけた。フルリモートであったのでわざわざ外出する必要はなかったのだが、やはり顔を見せに来る営業マンのほうが好かれるものだ。それに営業ついでに、何かチャレンジできそうな面白そうな物事を探したい気持ちもあったので、外に出る方が都合がよかったのである。
 
 そんな折、営業の為に訪問した県所有のとある施設にて、外国語講座の案内ポスターが私の目に留まったのだった。県の外郭団体が主催して開講している語学講座だった。大学卒業以来、長らく英語にも触れていなかったなとふと思い、チラシを手に取った私は、その豊富なラインナップに驚いたのだった。
 
 英語、中国語、ハングル、フランス語、ドイツ語、スペイン語、そしてロシア語が扱われ、曜日と時間によって習得レベルに合わせた授業が開かれていたのである。四国の田舎において7か国語がレベル別で学べるのは、地元を悪く言うつもりはないが、正直言ってかなり驚きだった。

 私は惹かれるようにチラシの詳細を読み込んだ。費用、コマ数、講義時間、そして開講日時などに目を通していると、私はふと土曜日の午前中に初心者向けのロシア語講座が開かれることに気が付いたのだった。

 「初心者大歓迎!」の文字が目に入る。「ロシア語か・・・」と頭にロシア語のイメージが思い浮かぶ。それまでの私にとってロシア語といえば、アニメ「ガールズ&パンツァー」で「カチューシャ」が流れたのを耳にしたり、ソ連国歌や、或いは「Д」が顔文字で使われているくらいのイメージしかなかったのだった。

 しかし、安く、暇な時間に、近場で学べるとなれば、新しいことを始めるにはうってつけの様に思えた。もともと歴史に興味があるといって浪人までした身だ。ソビエト連邦やロシアについて興味がないわけではない。そしてどうせなら日本での話者の少ないマイナー言語を学んだほうが、仕事はもちろんオタクとしての趣味の幅も広がる面白いかもしれないな、と打算的な考えも浮かんだのであった。

 当時の私はまだキリル文字の読み方すら分からなかったが、誰にでも初めてはあるものだ。「初心者大歓迎!」とあるんだから、何とかなるだろうと楽観的に考え、その日のうちに講座の参加申し込みをしたのだった。
 
 あっという間に初授業の日が訪れた。私は未知の言語と新しい環境にワクワクしながら、教室に入り、空いている席に着いたのだった。生徒の数は両手の指より少なく、年齢も性別も非常に豊かだった。高齢の女性、中年の男性、若い女性などなど・・・。彼らの視線は新しい顔である私に注がれた。やや時を置いて講師の方が入室する。日本人の先生だった。のちに私のロシア留学を斡旋してくれることとなる先生である。
 
 先生は授業の冒頭、あいさつと出欠の確認し、私のことを紹介してくれた。誰しもが私を歓迎してくれた。そして挨拶もそこそこに、授業が始まる。先生は開口一番にこういうのであった。


「それでは今日は仮定法の復習から始めましょう」

 (ん?仮定法?仮定法ってなんだ?ここは初心者向けクラスじゃないのか?)

 私は混乱した。先生が何かロシア語らしき言葉でしゃべる。聞き取れない。ホワイトボードにロシア語を書き始める。読み取れない。「これはちょっと困ったことになったぞ」と私は焦り始めたのであった。

 私が参加した講座は、新学期は新学期でも、第3学期だったのである。これは少し考えたらわかることだが、通年制の授業に途中参加すれば、授業内容は途中から始まるに決まっているのだ。てっきり文字の読み方から始まるとばかり思っていた間抜けな私は、ただただ早とちりをしていたのであった。しまった!と思ってももう遅い。授業料もすでに払ってしまった以上は、新年度になるのを数ヶ月も待つわけにはいかなかった。後の祭りである。

 周りの生徒が教科書の本文をスラスラと音読する中、私は泣きながら一文字一文字を読み方の表と付け合わせながら、下手くそな発音でカタカナ読みし、その日の授業を終えたのであった。帰宅途中、私は次の授業までになんとか文字くらいは読めるようにはならねば!と心に誓い、ロシア語の入門書を地元の本屋で買い漁ったのであった。

 この約1年後にはモスクワに留学し、開戦の知らせを現地で聞き、這う這うの体で帰国することになるのであるが、この時にはそんな未来が訪れるとは夢にも思わず、かくして私はロシア語への道を歩み始めたのであった・・・。


つづく・・・。

~転職・ロシア語との邂逅編〜 完


あとがき

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 本当にふざけた転職活動だな、と書いてて改めて思いました。これを読んだ転職活動中の人や就職活動中の学生が真似をして、手痛い失敗しないことを祈るばかりです。筆者は底抜けのバカですので、決して真似をしないでください。

 何かについて一生懸命努力して、それでも全く結果が伴わないと言うことは、しばしばあるものです。しかしそれはきっとその後に来る良縁がそうさ
せているのではないのかと、ここ数年強く思うようになりました。私に置き換えてみると、まさしくメイド喫茶で転職の話が無ければそもそもロシア語とは出会っていませんでしたし、モスクワに行くことも、こうやって記事を書くこともなかったことでしょう。

 今まさに努力の甲斐もなく、結果が伴わないのだと落ち込んでいる方がおられましたら、それは明日ある良縁の為の布石なのだなと思うようにしてみてください。どうせ生きるならポジティブに生きたほうがいいに決まってますし、楽しく生きてる人間にいい結果がやってくるものなのです。

 そして今振り返ってみれば、年度の途中からロシア語講座に参加したのはケガの功名でした。ただ一人だけクラスでキリル文字が読めないとなると他の生徒さんの足を引っ張ってしまいます。迷惑を掛けないようになんとか追いつかねば!という気持ちが、短期間でそこそこの知識を身に着けさせてくれたのだと思います。危機感や適度な緊張は時には薬になるという事ですね。しかしそれを可能にした当時の就労環境もまた、良縁によって恵まれたものでした。メイド喫茶という場所は、私にとってなにかパワースポットのようなものかもしれません。

 そしてメイド喫茶と言えば、私が惚れ込んでしまってケツを追っかけたメイドの話もしないといけないのですが、これはまた別の機会に綴ることとしましょう。本当はこの記事の中で書けたらなと思っていたのですが、かなりの文章量
になりそうなので、またいずれ独立した記事にしたいと思います。

 さて、いよいよロシア語と出会いました。この後私はロシア語を本格的に身に着けるためにモスクワ留学を決意します。その為に、ほぼ満点に近いくらいの就労環境だったキャッシュレス企業を退職し、留学までのつなぎとして風俗店のアルバイトを始めることになるのでした。
 そして満を持して到着したモスクワでは、コロナに罹患したことを筆頭に、毎日のように様々なトラブルに見舞われながら、遂に運命の開戦を目の当たりにすることとなるのです・・・。
 

皆様からのコメントをお待ちしております。
誤字脱字等ありましたら、遠慮なくご指摘くださいませ。

それではまた続きのお話にて・・・。

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