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20000807 無保険車

 今から5年ほど前、自動車に乗って交差点で信号待ちをしていたら追突された。自動車は私が運転しており、後部座席には当時三歳であった息子が子供用座席に座っていた。追突された瞬間、三歳の子供にとって何が起こったのか分からなかったのだろう、息子はびっくりして大泣きした。追突速度は10km/h以下だったろうから、人身事故には至らなかった。トランクが少し潰れて開閉が出来なくなった程度であった。

 追突した自動車の運転手は信号待ちで地図を見ている間にブレーキを緩めてしまったらしい。オートマチック車だったのでクリープ$${^{*1}}$$で自動車が動き出したのだった。

 近くの公衆電話から110番したら、人身事故ではなく双方の自動車が動くならば今から警察に出頭してくれ、ということなので一緒に赴いた。調書を取られる間、息子は机の上に登ってわーわー騒いでいたので、調書を取る警官にお子さんにも問題はないね、と言われ純粋な物損事故として処理されることになった。

 問題はこれからだった。お互いに連絡先を確認しあった時に加害者からある告白を受けた。

「すみません。任意保険に入ってないんです」

 何、私の自動車の修理は本当にやってもらえるのか、と心配になり暗澹たる気持ちになってきた。こういうのも悪質ドライバーというのだろう。自分が事故を起こした時の責任を全うできない状態で自動車に乗る行為は運転マナーの悪さ以上の悪質さである。自腹を切る覚悟をしなければならないのか。トランクの修理代が2、3万円であることを祈るしかなかった。

 つき合いのあるディーラーに自動車を持っていって修理見積もりを出してもらった。30万円弱かかりそうだと言われた。とても自腹を切る気になる値段ではない。営業の人に相手が任意保険に入っていないことを伝えると

「どうしようもないですね」

と奈落の底に突き落とされるような言葉を頂いた。私は車両保険には入っていなかった。車両保険は主に自損事故の為でなので、それに保険を掛けるのは馬鹿らしいと思っていたのだ。自分でやった事故はその時諦めて自分で払えば済むし、それに自損事故は絶対しないという自信もあったのである。無保険車による物損事故は全く想定していなかった。人身の場合は相手が無保険でも自分の任意保険が適用出来るが、物損に対しては無効である。当然、強制保険である自動車賠償責任保険$${^{*2}}$$は人身事故だけが対象である。

 加害者に見積もりの値段を連絡すると、自分の指定した工場で修理させて欲しい、と言い出した。これでは正当な修理がなされたかどうか分からなくなる。このままでは相手のペースに乗せられてしまう。何としても自分の指定した工場で修理をしなければならない。こうなったら行動あるのみだ。修理できれば何処でも同じだろうと甘い世間が許しても体が許さないのであった。

 とは言っても相手の家に押しかけて胸ぐら掴んで言うことを聞け、なんてことはとても言えない。紳士的な方法で行動した。弁護士を使った。小中学生時代の同級生で弁護士をやっている奴がいるのでそいつに頼んだ。

 ある日、修理と代金支払いをどのようにするか協議するため三者が集まった。加害者は勤めている会社の社長を伴って来ていた。話を聞くと加害者は最近離婚をしてその慰謝料を月賦で払っているらしいのだ。生活に余裕がないらしい。任意保険に入っていなかった理由もそれが関係しているようだった。

 そこへ私が自動車の修理代を強制的に取り立てることは可能であるが、そうとなると加害者の給料を差し押さえることになり、加害者は生活保護の対象になってしまうというのだ。同級生もそこまではしたくないというので結局、毎月2万円12回払いの示談金で決着が付いた。社長も加害者の給料からの振り込みは毎月必ず行うと同意した。

 この件以降、車両保険を掛けるようにした。修理代の2万円は毎月遅滞なく一年間、私の口座に振り込まれた。支払いが完了したとき相手もホッとしただろうが、こちらもホッとした。

*1 クリープ現象とは?
*2 安田火災海上保険株式会社: 自賠責保険

※この記事は、「雑文祭」というweb上の催しに参加するため、「三歳の子供」「悪質ドライバー」「世間が許しても体が許さない」の三題を無理やり入れて作ったもの。

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