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20020807 入道雲

 余りにも暑いので、恨めしく思いながら昼中の青空をぼーっと眺めていたら、白い入道雲が目に入ってきた。まさに真夏の雲である。じっと見ていると刻々と形が変わっていく。

 この「入道雲$${^{*1}}$$」という言い方はいつ出来たのだろうか、とふと思った。

 入道とは仏道に入り頭を剃って丸坊主にした人のことを指す。入道雲はもこもこと坊主頭のような丸い形をした雲が次々と湧き出てくるのでその名が付いたのだろうか。少なくとも「入道」という言葉が出来てから「入道雲」という言葉が出来たはずだから、日本に仏教が伝来する以前にはなかった言葉である。

 では仏教が伝来してからすぐさま出来た言葉だろうか。そうではないだろう。「入道雲」という言葉が出来たのは江戸中期から明治大正期ではないだろうか。

 入道雲の「入道」とは仏道に入った人そのものではなく、坊主頭の化け物を指していると思われる。雲の大きさとの対比から本当の入道ではなく、化け物の方の入道だろう。

 化け物である「入道」が創造されたのはいつ頃だろう。妖怪が誰でも見られる形にしたのはその時代の絵師達だろう。妖怪は絵になって初めて具体化し、その姿が一般化する。絵が大衆文化として広く伝搬するのは江戸時代以降の様な気がする。従って化け物の入道が一般化するのもその頃からだろう。

 妖怪の姿によく似た物があればそれもその絵を見た大衆によって妖怪化する。こうやって妖怪は多種多様化していくのではないだろうか。

 最初、化け物の入道は人間と等身大であった。海座頭$${^{*2}}$$、火間虫入道$${^{*3}}$$、加牟波理入道$${^{*4}}$$などはほぼ人間と同じ大きさである。次第に人間の倍程度の大きさの入道$${^{*5}}$$が出現し、更に山の向こうで湧き起こる雲からの連想で「大入道$${^{*6}}$$」が出来上がったかもしれない。

 そしてこの大入道$${^{*7}}$$から逆に「入道雲」という言葉が出来たような気がしてならない。どう考えても雲を見て坊さんを想像することは出来ない。もしかしたら「台湾坊主$${^{*8}}$$」という言葉と同時期に出来たのかもしれない。台湾坊主の由来は等圧線の形$${^{*9}}$$からなので、明らかに明治以降の言葉である。気象学$${^{*10}}$$において雲を分類するため、日本語の名前$${^{*11}}$$を色々付ける必要が出てきた。そこで「入道雲」という名前を作ったのかもしれない。

*1 雲の種類の説明
*2 海座頭;ウミザトウ
*3 百鬼図譜「今昔百鬼拾遺霧之巻」ひまむしにゅうどう
*4 20000331 がんばり入道
*5 大入道 にっぽん妖怪地図 角川書店刊
*6 大太法師(だいだらぼっち)
*7 大入道(おおにゅうどう)
*8 20000402 高師小僧
*9 ミニ知識 気象-48 12月の歳時記
*10 20011005 天気図の記号
*11 茨城県自然博物館 雲のいろいろ

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