20021028 伏竜
太平洋戦争中、日本軍は様々な自殺兵器$${^{*1}}$$を開発し、その多くは実戦で使われた$${^{*2}}$$。
その中で最も悲惨で、この戦争で如何に日本の軍部がまともな判断能力を失っていたか、がよく判る兵器がある。他の自殺兵器に比べてあまり知られていない「伏竜(ふくりゅう)$${^{*3}}$$」という名の特別攻撃兵器である。
この兵器は日本本土決戦に備えて、開発された。アメリカ軍が船で海岸に上陸する$${^{*4}}$$のを潜水服を着て海中に潜って待ち伏せするのである。この待ち伏せ部隊は手に数メートルの竿を持ちその先には機雷が取り付けられている。アメリカ軍の上陸舟艇が自分の上を通った時にこの機雷付き竿で船底の突くのである。数メートル先で機雷が爆発するので必ず自分も巻き添えを食ってしまう。
アメリカ軍の本土上陸作戦$${^{*5}}$$は実行されなかったので、この兵器は実戦には使われなかったが、この兵器の訓練で多くの犠牲者を出したらしい。
遺構探訪$${^{*6}}$$でもこの伏竜部隊のための基地跡$${^{*7}}$$を訪ねたことがある。基地と言っても海岸の岩場に洞穴が縦横に掘ってあるだけである。この中で数十キロにもなる潜水服を着て海に潜っていったのだろう。
最近、この伏竜部隊に所属していた人の体験記$${^{*8}}$$を読んだ。実際に訓練した経験からこの兵器は全く役に立たないと思っていたそうである。潜水服の装備が重すぎるため海中で歩く時も前のめりにしか歩けなかったらしい。そして潜水服の鉄製の兜には顔の前にしかガラス窓が付いていなかった。つまり頭上をいつ船が通過するのか判らなかったらしい。
この本には伏竜の構造が詳しく書いてあった。その中で注目したのは呼吸器の構造である。酸素ボンベと二酸化炭素吸収缶とで構成されていたらしい。兜の天頂に酸素ボンベからの配管と二酸化炭素吸収缶からの配管とが繋がっていた。そして口元には二酸化炭素吸収缶に繋がる配管が取り付けてあった。吸気用の酸素ガスは頭の上の配管から供給される。酸素を鼻で吸って口元にある二酸化炭素吸収缶に繋がる配管に口で吐き出すのである。
呼吸で吐いた空気は二酸化炭素吸収缶に入ると中に仕込まれた水酸化ナトリウム$${^{*9}}$$で二酸化炭素だけが吸収$${^{*10}}$$されて、また兜の上の配管から呼吸ガスとして供給される。水酸化ナトリウムは強アルカリの劇薬である。戦争末期に粗製濫造された吸収缶のなかには気密性が悪く海水が漏れる物が少なくなかったらしい。漏れた海水によって出来た強アルカリの水酸化ナトリウム水溶液が配管を通って兜の中で頭上から降りかかり、錯乱状態になり、更に吐き出し用の配管の口から直接水酸化ナトリウム水溶液を吸い込む等して、死に至ったらしい。
うまく動作していれば、この呼吸器の中でガスが循環しているので海には呼吸ガスが排出されない。泡が海面に出ないから敵に見つかりにくいのである。恐らく軍部はこの点だけでこの兵器を使った作戦の採用を決定したのではないだろうか。「命令する者には不可能はない」と言われるが、まさにそんな格言そのままの作戦だった。
*1 特攻の系譜/特殊奇襲兵器
*2 ★太平洋戦争に特殊兵器続々 電池式の特殊潜航艇も
*3 伏龍特別攻撃隊/戦史
*4 20020209 愛知県内の本土決戦用大砲陣地遺構
*5 Invasion of Japan
*6 遺構探訪
*7 稲村ヶ崎砲台
*8 特攻 自殺兵器となった学徒兵兄弟の証言
*9 水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)
*10 「二酸化炭素をつかまえよう」
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