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20000205 ミリカンのデータ

 電子1個が持つ電気の量を初めて測ったのはアメリカの物理学者ミリカン$${^{*1}}$$である。ミツカン$${^{*2}}$$と間違えてはいけない。
 この電気の素量を測定した功績により1923年にノーベル賞を受賞した。

 しかしこの電気素量の実験に疑惑が持たれていたらしい。ミリカンが残した電気素量の測定の実験ノートを調べると都合の悪い実験データの三分の一以上を除外して論文を書いた形跡があったという。これを科学研究における不正行為であると糾弾した人がいたようだが、これは全くのお門違いである。

 現代における科学研究というのは、ある推論に基づき実験や調査を行い、その推論の確からしさを調べることにより物事の法則性や理論を築き上げていくことである。そしてその法則が元となって更に新しい物事の発見、発明に繋がっていくのである。導き出された法則や理論が正しいかどうかは世界各国の研究者によって追実験等されて検証される。だから捏造や大きな誤差が含まれるデータによってできた理論は世間に受け入れられない。超能力が科学の世界で認められにくいのはこの所為である。

 では得られた実験データが研究者自身の考えた推論に合わない場合、そのデータを無視することは不正や捏造と言えるのだろうか。

 研究者が自分の推論と違うデータを無視するのも採り上げるのもその研究者の自由である。得られたデータが測定誤差によるものか推論とは違った現象によるものかを見分けるのは研究者の能力でもある。そのデータが測定誤差でないことに気付けば今までの推論を修正する機会を研究者は得たことになり更に研究進むことになる。だが本来、真の値である筈のデータが自分の推論と違うからといって無視し、自分の推論を押し通して論文や研究成果を発表すれば後々、その研究者は恥をかくことになる。

 ミリカンの場合、データの無視は自分の洞察が正しい筈だという考えから行ったまでで不正行為でも捏造でもない。データを無視できたのはミリカンの研究者としての能力のお陰なのである。ミリカンは電気の量の最小単位が電子1個の持つ電気量で、物体の電気量はその整数倍ということ見抜いていたからこそ、精度の良いデータだけを抽出できたのだろう。

 現に、当時ミリカンが行った実験により得られた電気素量の値は、今日得られている値と1%程度の誤差しかないという。因みに電気素量の値は0.0000000000000000001602クーロン$${^{*3}}$$である。これはどのくらいの量かというと電線に1Aの電流が流れているとすると電線の中を電子が1秒間に6242000000000000000個流れていることになる。その中の電子1個の電気量をミリカンは計測$${^{*4}}$$したのである。
 ただしミリカンは電線を使って電気素量の測定実験をしたわけではない。

*1 Millikan, Robert A. (1868-1953)
*2 Mitsukan Web Site
*3 クーロン(Coulomb,Charles Augustin de)
*4 Robert Milikan

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