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サレた私が町中華に救われた件

「ばかったれえーーー」

真夜中真っ暗な海へ彼女が怒鳴った。春の海は荒れていて、大波が砕ける音に言葉はかき消された。

「ダンナのバカヤロォー!」

友達のユキコが彼女の代わりに叫んだ。「そうだー」と合いの手を入れたおじさんは二人に肩を組まれ辛うじて立っていた。ユキコはへべれけで、おじさんはウトウトしていたが、彼女だけは意識がしっかりしていた。こんなふうに叫んだことが小さなときにもあったなと感慨にふけた。

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「この人の旦那、良心の呵責に耐えきれなくなって浮気をカミングアウトしたんですよ、ひどくないですか?」

まだ一杯しか飲んでおらず酔いも回ってないだろうに、ユキコが隣のおじさんに絡んだ。社交性の塊みたいなところが面白いなんだよなあと彼女は思った。ただ、相談するかどうかさえも悩んでいたことを、すぐに見知らぬ人に話してしまう親友に正直あきれてしまった。話した相手が冴えないおじさんであることも残念だった。

「浮気しても寂しさは消えないんだよなあ」

おじさんはそう言い放った。含蓄の有りそうな言葉に思わず二人で聞き入った。おじさんはなにか思うところがあるのか、遠くを見るような目をしていた。

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彼女の夫は会社の同僚と不倫していた。長く関係を持っていたようだが、彼女は全く気が付かなかった。バレたときに相手のパートナーが会社に訴えたため、社内で問題になった。他人事のように夫は彼女に伝えてきた。

さらにこの件で夫は左遷が決まり、もうここにはいられないと言いはなった。彼女の知らないところで家族の方向性が決まっていた。子供たちの学校は?去年買ったマイホームは?たくさんの疑問と憤懣やるかたなさ、そんな全てのことを置き去りにして、一ヶ月後家族で引っ越した。

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新たな生活が始まって日々が怒涛のごとく過ぎていった。そんなある日、覚えのない人からのメールが彼女のもとにいた。

「一緒に飲んだじゃないか」

馴れ馴れしく話してくる人だった。誰だろうと首をひねったら、夜の海で一緒に叫んだおじさんとメルアドを交換したのを思い出した。

「こっちにきたのなら飲みに行こうよ」

おじさんの怒涛のメールが続いた。そう言えばあのときおじさんは出張で来ていたと言っていた。叫んだ記憶が思い出され、懐かしい気持ちが込みあがった。

毎日夫から不始末について許しを請われ辟易していた。許すも何も許せないんだから仕方がない。しまいには「君も同じことしていいから」と浮気を推奨してきた。そんなことを言う夫に憤慨し、叱責したりと疲弊しきっていたので気分転換におじさんに会うことにした。

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一回り以上歳が離れているからか、おじさんは親よりも老けた人のように感じた。けれどもあのときユキコが絡んで飲み始めたことや、海で咆哮したこと、地元の話で盛り上がると意気投合してしまった。そして気がつくと二人でホテルにいた。

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ポマードがねっとりとつき、胸毛が絡むほど生え、小腹の突き出た中年男性に抱かれるのは自傷行為に近かった。ただ、セックスは夫と辛く悲しいことがあってから久しくしていなかった。おじさんの巧みな動きに体が反応した。そんな正直な身体が恥ずかしくもあったが、自分が性を求めていることを気がつくきっかけになった。

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おじさんとはその後も続いたが、しばらくすると退職して地元に帰ってしまったことで関係は終わった。同時期に、夫の異動が再度決まり、遠方へ行くことになった。家族が今の生活を続けるため、夫が単身赴任することにした。みんないなくなったことでいろいろ考える必要がなくなったので彼女はホッとした。少し寂しく感じはしたが。

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なんとなく一人で家にいると落ちてしまいがちなので、彼女は昼ご飯を食べに出かけるようにした。始めは和洋中といろいろなところを食べ歩いたが、元々好きだった中華料理にハマった。どんな街にもある小さな小さな中華街、町中華。必ず餃子を頼んで、それぞれお店の味を楽しんだ。そんな町中華のことについてSNSを始めたら同じ感覚の人が多くてビックリした。

女性であることはあえて伏せて投稿を続けた。町中華に対しての個性的な評価と繊細な捉え方が良いと瞬く間に仲間は増えていった。その中の一人の男性が「うちの家の近くの町中華メチャクチャうまいんで一緒に食べに行きましょう!」と誘ってきた。

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頑なに断り続けたが、男性の熱意に負けて会うことにした。始め、女性であることに男性も驚きはしたが、町中華を食べに行き、好きなお店の情報を交換すると思った以上に楽しかった。その後何度も食べ歩きをし、いつの間にか毎日のようにお昼を食べる仲になっていた。

町中華が彼と引き合わせてくれた。餃子を分け合うと幸せが増えてく。好きな人と食べる時間はジューシーだ。一緒にいて見つめ合うだけで良いと感じる。きっと町中華を愛する人に悪い人はいないのだろう。

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