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うるおい

夕食後、キッチンで片づけをしている彼女の背中に

「3人目どうしようか?」

加熱式たばこをチャージしながら、夫はそう言った。

不意を突かれた彼女はすぐに言葉が出なかった。子供は可愛い。赤ちゃんが欲しい。それにはセックスをしなければならない。2人目を宿した時、したのが最後。7年間していなかった。日々の生活に忙殺され、したいと思ったこともなかった。逡巡し、洗い物の手を止めた。

「できない、したくない」

彼女がそう言うと、夫は「わかった」と言ってベランダに出て行った。質問の答えになっていないのに、何がわかったのだろう。彼女は子供がもう一人欲しくないわけではなかった。ただ、夫とはしたくなかった。

夫としたくない宣言をしてから、急に彼女は性欲がわいた。いままで仕事と家事と育児に追われ、性的なものに蓋をしていた。いつでもできるものだと思っていたが、夫以外の人とすることなど考えられない。全てのことを自力でこなしてきたから、これも自分で処理することにした。

グラビアタレントの不貞行為の裁判で変わったセルフプレジャーグッズが取り上げられていた。気になってSNSで探すと、それを使っているというインフルエンサーが『セカンドパートナー』というパワーワードを喧伝していた。異性とアプリを通じて出会い、食べたり飲んだり楽しく過ごした後、自己処理することを勧めていた。セックスしなければ何の問題もないと。

インフルエンサーのお勧めする出会い系アプリをインストールした。普段使いのSNSと同じように、名前を入力し顔写真を掲載して相手を募集した。彼女のリアルな素顔に色めき立つ男性が多数集まり、収拾がつかなくなった。仕切り直し、やり方を紐解き、再度プロフィールをオブラートに包んで始めると、彼女が希望するようなセカンドパートナーが声をかけてきた。

初めて会った男性は紳士的で上手にエスコートしてくれた。盛り上がる二人の男女。後には引けなかった。セカンドパートと言う言葉は薄れ、セックスした。その後も会ったが、男性とのつながりは2週間に1度連絡が来る程度。アポを取る以外にはなにもなく、心を満たされることはなかった。ドライな付き合い方が辛くなってしまい、彼女から別れを伝えた。

次の男性に彼女はハマってしまった。アプリでやり取りをしてても、通話しても、飲んでいても、セックスしていても、常に楽しくて、気が付けば週に一回以上会いに行っていた。ノリが良く、人付き合いもうまい男性なのでモテそうなことが気がかりだった。その心配は、偶然にもSNSで男性の裏アカウントを見つけてしまい現実になった。男性は複数の女性と付き合っていた。

『俺には女が3人必要だ』

SNSのことを問いただすと、男性がそう嘯いた。「ちんこが腐ってしまえ!」は、彼女が男性に言った最後の言葉だった。

「私も自由だから、相手も自由でいいとは思ってるんですよ」彼女ようにサバサバしている人との会話は気が楽だ。カフェで周りも気にすることなくこの2年間の経験をキラキラと話してくれた。そんな彼女でも、自分の知らないところでデートのレポートを書かれたり、ネタにされたりするのは気持ちいいものではなかった。「お初のラブホテルでポイントカードを出したときは愕然としました」この間柄に自由はあったとしても、少しぐらいデリカシーはあってもいいものだろう。「することはしましたけどね」そう言いながら笑う彼女はたくましかった。

この春に59歳のイケオジと新しい付き合いを始めたのでお花畑にいる気分だと彼女は言った。その彼は単身赴任で九州に一人で住んでいる。いまはなかなか会えないが、60歳の定年で東京に戻ってくるので来年が待ち遠しい。彼は離婚して彼女とずっと一緒にいたいとラブコールするが、そういわれると重く感じるそうだ。

午後3時。お話を終えて喫茶店を出ると街は薄暗く空を見ると雲が出ていた。このあとは夕飯のお買い物をして帰るんですか?そう聞くと

「年下の彼と会うことになっているんです」

終始彼女がニコニコしていたのはこの後のご予定があるからだったのか。潤っている人にはかなわない。しかし、不倫でほっこりするのもどうなのか、にやけながらそう思った。雨が降りそうな夕方だった。


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