眠れる森の美女・チェスキークルムロフ
世界一美しい街はどこか。
しばしば議論になる、唯一解の存在しない問いである。
その中で、規模の小ささにもかかわらず、頻繁に候補に挙げられるチェコの街・チェスキークルムロフが今日の舞台だ。
チェスキークルムロフ(Český Krumlov)は、中欧の国・チェコ南部に位置する人口約1.3万人の街である。
この地方の重要な通商路であったヴルタヴァ川沿いに街と城が建設されたのは13世紀のこととされている。
街はボヘミア地方の貴族の権力下を転々としながら発展を遂げ、現代に残る眠りの森の美女とも称されるその美しい街並みは「チェスキークルムロフ歴史地区」として世界遺産に登録されている。
私が夏休みにチェコを訪れたのは、もう10年近く前のことになる。首都プラハを拠点に、日帰りでチェスキークルムロフへと観光に向かった。
チェスキークルムロフまでは、バスで約3時間の道のりだ。
Wi-Fiにモニターそして確かUSBポートも完備、コーヒーマシーン備付と、当時にしてはかなり高設備なバスの旅であった。
ターミナルへ到着して街の中心地に向けてしばらく歩みを進めると、赤い屋根の家々が見えてくる。
環境配慮型自販機を横目にさっそく街の中へ。
入口には世界遺産を示す印が誇らしげに示されている。
チェスキークルムロフの名の由来は「ボヘミア(チェコ中西部地方)の川の湾曲部の湿地帯」を意味するが、実際に街を見やると、その名がついた由縁がよくわかる。
ヴルタヴァ川の湾曲した地帯に沿うように建物が軒を連ねているのである。
そんな曲がりくねった川をボートで渡るアクティビティも人気であり、夏などは特に爽やかで気持ちのいいことだろう。
そんな街の中心のほうを見やると、こじんまりとした規模の街に不似合いなほど、立派な塔と建物の姿が存在感を放っている。
街のシンボル、チェスキークルムロフ城である。
まずは早速城へと向かってみよう。
塔を目印にすれば迷うことはないだろう。
高台に向かって歩みを進める。
ようやく塔にまでたどり着き、よく眺めてみると、模様が実はだまし絵であったことがわかる。
城を目指し、ふと眼下の堀を見やると、そこには熊がいた。
大量の食物とともに。
チェスキークルムロフ城で熊が飼われ始めたのは16世紀後半までさかのぼるそうだ。
当時の城主であったローゼンベルグ家の紋章で、バラとともに描かれているのが熊であることに由来するようで、一時途絶えたこともあったものの5世紀近くにわたって城のマスコットとなっている。
城そのものの歴史はさらに古く、13世紀頃にこの地を治めたヴィートコフ家によって建設されたことに起源をもつそうだ。その後、様々な豪族の所有となり、ルネッサンスやバロックなど、その時代の建築様式を取り入れながら発展した経緯を持つ。
城の中では多くだまし絵が使われているのが印象的だ。
また、高台に建つだけあって、城からは街の眺めが一望できる。
中でも先ほど目印にしていた塔の上から眺める景色は格別だ。
赤屋根のかわいらしい家々が眼下に広がる。
せっかくならば、その街並みも歩いて回りたい。
街で古くからビールを作り続けるエッゲンベルグ醸造所のビールを飲んで一休みしたら、街の様子も見てみよう。
小さい街なので見どころも集まっており、旧市街の真ん中に位置するスヴォルノスティ広場を中心にさらっと見て回ることができる。
広場は16-18世紀ごろの建物に囲まれ、中心にはバロック様式の噴水がそびえる。
通りを歩けばかわいい看板や建物がそこかしこに点在し、楽しませてくれる。
また、街歩きのお供にトゥルデルニークを買うのもいいだろう。
トゥルデルニークとはチェコの伝統的なスイーツで、小麦粉の生地を焼いた、大きなコロネのような形状のお菓子だ。
シナモンシュガーなどがまぶされた出来立てのトゥルデルニークは食感も軽く、食べ歩きにもってこいだ。
食べながら街を歩くと、チェコが生んだ人気キャラクター・クルテクの姿もあちこちに見受けられる。
ところで、冒頭述べた通り、チェスキークルムロフは「眠れる森の美女」と称されるという。英語のサイトなどでもそう称されているので確かといえそうだが、その理由は何なのだろうか?
そこには歴史的背景があるようだ。
中近世に様々な領主の元発展を遂げたチェスキークルムロフだが、19世紀に当時の領主であったシュヴァルツェンベルク家が居城を別の街に移していこう、街は徐々に衰退をたどる。さらに第二次大戦後伝統的なドイツ系住民が追放され、社会主義体制の中で歴史的建造物がその価値を否定されたことで街は荒廃が進み、ほぼ忘れられた存在となってしまっていた。
それが1989年のビロード革命以降に再評価の動きがあり、世界遺産の登録も後押しして、屈指の人気観光地としての座を得るに至った。
まさしく眠れる森の美女のように一度は忘れられた美しさが、現代に再び蘇った街なのである。
街を去る前、再び城の近くに赴いた。
すると先ほどまで食事を貪っていた熊は、食べきれぬ食糧を抱きながら大満足の昼寝タイムに突入していた。
こんな風に過ごしたいーーー
そう憧れてしまう程度には当時の私も社会の荒波に揉まれていたのだろう。
チェスキークルムロフのマグネット
チェスキークルムロフのマグネットがこちら。
秋のチェスキークルムロフを描いているのだろうか。
赤い屋根の家々が黄色く色づいた葉と相まって雅な姿を示している。
さて、世界で最も美しい街はどこか。
冒頭の議論に立ち戻ったとき、私はどうしてもスコットランドのエディンバラを推さざるを得ない。
私をヨーロッパ沼に叩き落した功罪はあまりに大きいからだ。
それでも、なぜこのボヘミアの小さな街がしばしば候補に挙がるのか、訪れることで十分にその理由を理解することができた。
あなたが今、この問いにどんな答えを持っているかはわからないが、チェスキークルムロフを訪れると、また新しい解が産まれる可能性は無視できないかもしれない。
最後までご覧いただきありがとうございました。
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