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The GORK  40: 「サムライ」

40: 「サムライ」

 まだ硝煙の匂いが立ち込める銃を両手に握り、それを煙猿に突きつけていたのは、裸の沢父谷姫子だった。
 剛人を庇うかのように、ジリジリと、その位置を床に倒れ込んだ剛人に近づけている。
「面白いなお前、、、誰だ、、?」
「沢父谷姫子。」
 動き出した人間剥製、沢父谷姫子が唇も動かさず、くぐもった声で応えた。
「沢父谷の顔面は外れるように作った、、それを被っているのか。」
 沢父谷との間合いを取り戻しながら、煙猿が楽しそうに反応する。
 とても銃撃を受けた直後の人間のものとは思えなかった。
 そして沢父谷の目の前で、お前等取るに足りぬと言わんばかりに、手にしていたケラミック刀を投げ捨てた。

「身体の方も、中の筋肉を見せる為に皮膚が外れるようにしたが、あれを身につけてるなら、着ているのも辛かろう。もうそろそろ、脱いでも構わないぜ。俺は十分楽しませてもらった。」
「あんた、なぜ死なないの?本当に不死身?」
 銃を構えた沢父谷の姿勢は、揺らがない。
 今や二人の位置は完全に入れ替わり、沢父谷は剛人の直ぐ側に、煙猿は倒れ込んだ俺の頭部近くにいた。

「防弾チョッキだよ。半島製のスペシャルだ。ダメージはキツイが薄くて動きやすい。こういうのは日本にはないな、発想が守り専門だからな、、、これをいつも着てる。それが、銃では殺せない煙猿の秘密の一つだ。だからさ、俺を銃で殺したかったらここを狙うんだ。」
 煙猿は己の額に浮き出た天使の輪を人差し指で指さした。
 その手にはワイヤーソウのリールと先端金具が握られている。

「だったら、そうさせてもらうわ。」
 沢父谷が引き金を引くより早く、ワイヤーソウが沢父谷の顔面めがけて飛び出し、その仮面を割った。
 沢父谷の放った銃弾は、むなしく虚空を突き抜けていく。


 俺はその一部始終を間近に見ていた。
 さらにその前の剛人と煙猿の戦闘もだ。
 煙猿に車椅子ごと突き飛ばされ、壁に激突した時、俺はしたたかに頭を打っていた。
 その時、意識を失いはしたが、それは一瞬だった。
 それが幸いしたのか、次に俺が目覚めた時、剛人の呪縛は半分、消え去っていた。
 勿論、そのきっかけになったのは、煙猿が次のターゲットがリョウだと言ったその一言に対する怒りだったが。
 俺が動かなかったのは、チャンスを伺うためだった。
 半分でも自分を取り戻せたとは言え、身体の動きはままならないままだ。
 反撃を開始するのは、俺がまだ以前の状態だと思いこんでいる煙猿の隙をつくしかない。
 突然やって来て自分を救おうとした剛人が倒された今、それは一度きりのチャンスになっていた。
 沢父谷の仮面が床に落ちた。
 沢父谷は気丈にも、その素顔をまっすぐに上げ直し、煙猿をにらみつけている。
 銃はその手にまだしっかり握られていた。
 沢父谷の仮面の下から現れたのはリョウだった。
 俺の身体に一気に、熱い血の流れが戻ったように思えた。
「こんなところで死んでたまるか、リョウを死なせてたまるか。」
 そんな想いが激流のように、監禁中に積もった俺の心の汚泥を押し流していた。


「駄目だ。殺っちゃいけない。」
 剛人は、ともすれば薄れようとする意識を、必死の思いで立て直した。
 この娘は本気で煙猿を殺そうとしている。
 あの夜、この展示室で沢父谷の剥製を発見した涼子の取り乱しようは尋常ではなかった。
 沢父谷をこんな所に置いてはおけないと言って、私の家に持ち帰ろうと言い出したのも涼子だった。
 涼子が沢父谷の剥製に化けて、剛人のサポートをすると言い出した時には、一種の狂気さえ感じたほどだ。
 なぜそんな事をする必要があるのか、と問いつめた答えが「沢父谷に煙猿が死ぬところを見せてやりたい」だった。
 今、思えばその言葉の正確な意味は「沢父谷として煙猿を殺したい」だったのだ。
 涼子が目川という男の救出に一生懸命になるのは判るが、目川救出の思いの実体は、それを突き抜け、沢父谷殺しの復讐になっているような気がした。
 涼子の激情は、友人の失踪事件の結果に対する個人の思い入れとしては、オーバーヒートしすぎている。
 涼子は、剛人が推し量れぬどこかで、沢父谷と自分自身を重ねているように見えた。
 涼子と沢父谷を重ねる、その接点がどこにあるのかは全く判らなかったが、一つだけはっきりしている事があった。
 それは涼子の煙猿に対する殺意にまで伸びた「敵意」だった。
 煙猿とはどこにも接点のない筈の涼子だが、既に彼女は「煙猿の手によって傷ついて」いたとしか思えなかった。
 ならば尚更、この娘に自衛の為に貸し与えた拳銃で、殺人を犯させてはならない。
 断じてならない。
 その為にも勝たねばならない勝負に自分は負けたのだ。
 ならばどうする、、答えは決まっていた。
 後数分で自分の命は、流出する血液と共に失われる。
 それまでに煙猿とのケリをつけるのだ。


 剛人が膝を付いて、自らの血だまりの中からユラリと立ち上がった。
 背後でその気配を感じたリョウが、短い悲鳴のような声を上げた。
「駄目よ!剛人さん!」
 煙猿が蛇喰のその様子を面白そうに眺めている。
 煙猿には、蛇喰が何をしようといているのか判らない様子だったが、蛇喰が目的を達成しようとするその直前まで待って、彼を殺すだろうと思った。
 その時に見せる蛇喰の絶望の表情を楽しむ為だ。
 剛人は、背後からリョウに覆い被さると、リョウの両手に自分の手を重ねた。
「煙猿は私が殺す。君に人殺しはさせない」
「けっ!!」
 煙猿のワイヤーが唸った。
 煙猿がワイヤーで初めて行う遠投攻撃だった。
 そして同時にリョウの手から剛人の手によってもぎ取られた銃が、轟音を発した。

 次の瞬間、煙猿の頭部の右半分が綺麗に吹き飛んでいた。
 ワイヤーはリョウを守るように突き出された剛人の左腕に巻き付いていたが、度重なる戦闘の結果か、それを寸断するほどの鋭利さは既になかった。
 そして、リョウは見ていた。
 煙猿の勝ち誇った顔が見る見る絶望の淵に沈んでいく瞬間と、次に自分の運を尽きさせたものを確かめるように動かした視線の先を。

 そこには、意識を失って倒れている筈の俺・目川純がいた。
 煙猿がワイヤーを遠投する為に、ステップを勢い良く踏み変えようとした、まさにその瞬間、俺が煙猿を引き倒さんと彼の足首にしがみついたのだ。
 それが煙猿の攻撃を全て狂わせた。
「生死を分ける運の正体?ゼロコンマ何秒のタイミングのずれと一致が、その差を生み出す。・・ただそれだけのことだ。」
 煙猿は薄れゆく意識の中で、自分が抱えていた数少ない疑問の内の一つの答えを見つけ出していた。


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