『今日、うち親いないの。』


「今日、うち親いないの。」

人生で言われてみたい言葉ランキング、
ベスト5には入ってくるこの言葉を、
僕は高校1年生の冬にしてもう言われてしまった。

しかも相手は、
僕がずっと片想いしていた一つ上の先輩、
マリさんだ。

サッカー部の補欠だった僕は、
マネージャーのマリさんに認めてもらいたい一心で
それはもう死ぬほど部活を頑張り、
秋の3年生引退とともに、1年生で唯一レギュラーを
獲得した。

マリさんはその時、
3年生のキャプテン・山本先輩と付き合っていたが、
山本先輩が受験勉強に力を入れるために、
マリさんと別れた。

それを聞いた僕は、
マリさんに熱烈にアタックをして、
今では帰り道が同じということもあり、
一緒に下校する仲になっていた。
半ば無理やりにだが。

友達には、
冷やかしでマリさんとの関係をよく聞かれる。

その度に僕は、

「うーん、まだ付き合ってはないって感じかな。」

と、少しカッコつけながら答えていた。
それがいきなりの急展開である。
部活が午前中で終わり、一緒に帰っていた時だ。
まさかマリさんから、

「今日、うち親いないの。」

と、言われるとは。
これもう、俺のこと好きじゃん。
熱烈なアタックが功を奏したじゃん。
いやー、やはり草食男子は時代遅れ、
男は肉食じゃないと。ガツガツ行かないとね。
うん、本でも出そうかな。
「今日、うち親いないの。と言われる10の方法」
税込5800円。たけー!たけー!

マリ「ねぇ、聞いてる?うち、今日親いないの。」

はっ。
嬉しさのあまり返事を忘れていた。

僕はこの世に生を受けて以来、
最大限の喜びを噛み締める同時に、
その喜びを噛み殺すように、

僕 「ああ、まあ、じゃあ行きますわ。」

と答えた。
我ながらダサい返事だ。
熱烈なアタックは恥ずかしくないが、
相手から来られると途端にカッコつけてしまう。

マリ「わかった!
   じゃあ色々と準備があるから、
   18時ごろ、またここにきて!
   じゃ!」

ちょうどマリさんの家に着いた。
僕の家はあと20分ほど歩いた先にある。
ただ、今日はマリさんと別れた後、
どうやって帰ってきたか、全く記憶にない。

僕 「ただいまー。」

母 「おかえりー。
   今日はね、あんたの好きなハンバーグよ。」

僕 「ごめん、今日ご飯いらない。」

母 「え!!」

僕 「友達の家、泊まるから!」

母 「あんた!
   そういうことは早く言いなさい!」

僕 「急に誘われたんだもん。」

母 「なに?またカズヤくんち?」

僕 「あー。うん!そう、カズヤの家!」

母 「お電話してお礼いわなきゃ。」

僕 「いやー!大丈夫大丈夫!
   カズヤの家、今日、親いないんだって!」

母 「あら、そうなの。」

僕 「うん、だから、大丈夫
   5時半ごろには行くから。
   明日の朝には戻ってくる。
   ハンバーグはその時食べる。」

僕は部屋に戻った。
思わずベットに飛び込む。
動悸がおさまらない。

色々と準備するって言ってたな。
夜ご飯のことだろうか。
それとも、なんかその、乙女の、乙女の準備的な、
そういう意味ではないのだろうか。

これは僕も、
色々と準備をした方が良いのではないだろうか。

だって、
「今日、うち親いないの。」
だせ?

カズヤから色々とその方面の話は聞いている。
電車の中や教室など、ところ構わず卑猥な話をするカズヤにイライラしたこともあったが、
今は感謝しか浮かばない。
ありがとう、カズヤ。
念には念を入れて、カズヤに電話をした。

僕 「と、いうわけなんだ。」

カズヤ「へぇー。
    いいな!いいな!
    言われてみたいなそんな言葉!
    しかもあのマリさんに。」

僕 「なにかアドバイスあるか?」

カズヤ「まあ、爪は切っといたほうがいいな。」

僕 「爪?なんで?」

カズヤ「古からの言い伝えだ。
    爪は切っておけ。」

僕 「わかんないけど、わかった。
   ありがとう」

カズヤ「武運を祈る。」

僕はカズヤの助言通り、爪を切ったり、
あとは、その、色々と準備をした。
乙女には乙女の準備があるかもしれないが、
こちらにだって童の帝王としての準備がある。

そうこうしていると、時刻は5時半になっていた。

僕 「じゃ、行ってきまーす。」

母 「はーい、カズヤくんと、弟くんによろしく」

その一言に、思わず戦慄が走る。
もしもマリさんに、兄弟がいたら。。。
親はいないと言っていたが、
だれもいないとは言っていない。
いや!
マリさんは一人っ子だったはずだ!
確か、前にそんな話をしていた。
よし!勝ち確定!勝利決定!ビクトリー!イェイ!

意気揚々とマリさんの家に着く。
一呼吸おいて、インターフォンを鳴らした。

「ちょっとお待ちくださーい。」

中から声が聞こえた。
それにあまーい香りもする。
ケーキを焼いているのか?
マリさん、そんなにも俺と甘いひとときを。。。

ドアが開いた。
そこにいたのは、
マリさん、
ではなく、めちゃくちゃ中年男性だった。

中年「いらっしゃーい。待たせちゃった?」

僕 「あ、あ、あ、あの。」

中年「いらっしゃいいらっしゃい。」

僕 「えーと、野宮マリさんのお家ですよね?」

中年「そうだよ。」

僕 「いや、今日、
   親がいないと言ってたんですけども。」

中年「そう、夫婦で旅行行ってる。」

僕 「あ、じゃああなたは。。。」

中年「見たらわかるじゃーん。中年男性だよ。」

僕 「???」

中年「ほら、そこじゃ寒いでしょ。家あがって。」

僕 「あの、マリさーん!マリさんいますかー?」

中年「マリなら夫婦旅行に追いつくために、
   今、電車で伊豆に向かってるよ。」

僕は困惑した。
え?どういうこと?
騙されたのか?

マリさんにお泊まりを誘われて、
家に来たら、
言ってた通り、親はいなくて、
でも中年男性がいて、そしてマリさんもいない?
いや、騙されてはいないな。
情報が圧倒的に不足しているだけだ。

とりあえず促されるままに家に入った。
居間に行くと、暖かい紅茶が用意されていた。

中年「パニクってるね。少年。
   それが大人になるってことだよ。」

僕 「いや、僕が想像してた大人の階段はもっと
   違うというか。」

中年「大胆なこと言うねー。最近の若い子は。」
中肉中背の見た目とは裏腹に、
優雅に紅茶をたしなむ中年男性。

僕 「結局、あなたはなんなんですか?
   マリさんとはどう言う関係なんです?」

中年「うーん、話し方によっては長くなるかな。」

僕 「聞かせてください。」

中年「あーーーのーーーねーーー。
   ぼーーーくーーとーーーまーーりーーがー」

僕 「話し方変えてください。
   長くなるんで。」

中年「居候してるんだ。この家に。」

僕 「居候ですか?」

中年「ドラえもんって、見たことあるだろ?
   そんな感じだ。」

僕 「全然違うんですけど。」

中年「ドラえもんからSFを引いた感じだ。」

僕 「ただの居候じゃないですか。」

中年「よせよ。
   人の家にタダで住んで、
   人の金で生活してるだけの男さ。」

僕 「いや、
   かっこいいなんて1ミリも思ってないです。」

中年「意外と難しいんだぜ。
   居候するのって。赤の他人の家にさ。」

僕 「赤の他人なんですか!?」

中年「うん。」

僕 「マリさんもよく平気だな。」

中年「親が共働きだしね。
   おじさんのおかげで寂しくなくてすむって、
   よく言われるよ。」

僕 「っていうかなんで、
   マリさんは行っちゃったんだろう。
   伊豆でしたっけ?」

中年「それを話す前に、
   君に聞いておきたいことがある。」

僕 「なんですか?」

中年「君は、本当にマリのことが好きなのか?」

僕 「ああ、まあ、一応。」
カッコつけてしまった。

中年「ダメだな。」

僕 「何がですか!?」

中年「君には話せない。
   悪いがこのケーキを食べたら帰ってくれ。」

オーブンの中から、
ふわふわのシフォンケーキが出てきた。
玄関からしていた甘い匂いはこれだろう。

僕 「なんであなたに、
   そんなこと言われなきゃいけないんだ!」

中年「前に、山本くんという人が来たことがある」

僕 「山本先輩?」

中年「その子に、
   マリが抱えている問題を話したが、
   彼はそれを受け入れきれなかった。」

別れた原因って、受験勉強じゃなかったのか。
マリさんから聞いた話と違った驚きと、
嘘をつかれていたショックが入り混じった。

中年「マリは本当は今日、君と過ごすはずだった。
   しかし、親を追うことを選んだんだ。
   代わりに僕に、君をもてなすように頼んだ」

僕 「...」

中年「マリを責めないでやってくれ。
   とにかくあの子は、優しい子なんだ。」

僕 「マリさんのことを好きになったのは...
   サッカーしてる時に、僕ころんだんです。
   とっても痛かったんですけど、
   部員のみんなは笑ってました。
   ドジな転び方だったんで、
   しょうがないんですけど。
   マリさんだけは、本気で心配してくれて、
   ケガの手当てをしてくれたんです。」

中年「そうか。」

僕 「その時から僕、マリさんのことが好きです。
   人の痛みがわかるマリさんが。
   だから僕も、マリさんの痛みを知りたい。
   本気で心配したいです。
   おじさん、教えてください。
   マリさんの秘密ってやつ。」

中年「いいだろう。」
中年はシフォンケーキにクリームを塗りながら、
マリさんについて語り出した。

中年「実は、マリの両親が、離婚しようとしてる」

僕 「え?でも夫婦で旅行中って。」

中年「マリに聞かれないために、
   2人で離婚の調停を結ぶための旅行だ。」

僕 「そういうことか。。。」

中年「マリも薄々と感じていたようだが、
   昨日の夜に旅行の目的を知ってしまった。
   今日は寂しさを紛らわすために、
   君を呼んで、おじさんと3人で、
   楽しく過ごせたらいいなと言っていた。」

僕 「くっそ。僕、その、エロいことを。。。」

中年「いいんだ。いいんだ。
   おじさんもその気持ちわかる。
   あと今、シリアスな感じだから、
   ちょっと抑えといてくれ。」

僕 「自分が恥ずかしい。」

中年「でもおじさんが説得したんだ。
   共働きでろくに会話もしていない。
   思い出も少ないけど、
   家族には違いないだろって。
   そしたらマリが、 
   これは2人の問題だからいいの、ってさ。」

僕 「いや、違う!
   家族3人の問題だ!」

中年「ははっ。
   おじさんと同じこと言ってる。
   よく見たら、君はあの時の俺そっくりだ。」

僕 「まったく嬉しくない。」

中年「その言葉で、
   マリは決心して伊豆に行くことにしたんだ。
   宿もわかってるしな。」

僕 「そうだったのか。」

中年「で、君はどうする?」

僕 「どうするって?」

中年「このままお泊まり会を続けるか?」

僕 「普通に嫌だ!おじさんと2人きりお泊まり。」

中年「だろうな。」

僕 「でも、僕にできることなんてあるのかな。」

中年「マリは、最近いつも、君の話ばっかりだ。
   後輩が私のことを好きみたいで、 
   たまにしつこいと思うけど、
   いつも隣にいてくれて、
   愛されてるなって感じて嬉しいって。」

僕 「マリさん。。。」

中年「ここにたまたま、
   伊豆行きのチケットと、マリが泊まる宿の
   宿泊券がある。」

僕 「え?」

中年「まあ、俺が行こうと思ってるんだけどな。
   今ちょうど、シフォンケーキの仕込みで
   手が離せねえや。 
   誰かが持って行っても、わかんねえなぁ。」

僕 「おじさん、、、、かっこいい。。。。」

中年「やっとわかったか。
   居候のかっこよさが。」

僕 「行ってきます!マリさんのところに!」

中年「おう!だがマリはだいぶ前に出ちまった。」

僕 「間に合わせます!
   しつこさが取り柄なんで。」

中年「あ、あとこれ持ってけ!
   ご飯まだだろ?
   途中だけど、マリの好きなシフォンケーキ!
   完成品はまた明日な!」

僕 「ありがとうございます!」

中年「走ってる途中にくずすなよ!」

僕 「大丈夫です!
   爪は切ってきたんで!」

中年「ふっ。
   それはちょうどよかったな。」

僕は荷物を持って、無我夢中で駅まで走った。
発車ギリギリ、なんとか電車に乗れた。
僕は、一呼吸おいて、
俯いたマリさんの隣に座る。
驚いた顔でマリさんが僕を見る。

マリ「え、どうして君がここにいるの?」

僕 「居候のおじさんが、えーと、あの。」

マリ「そっか、おじさんが。」

僕 「実は、話、聞かせてもらいました。」

マリ「そうなんだ。」

僕 「僕にできることはまだわかってませんけど、
   その、あの、隣にいたいと、思ってます。」

マリ「なにそれ。」

マリさんの笑顔が窓から見える夕陽に照らされる。
伊豆で何が起こるか、
どんな結末が待っているかは
わからないが、
僕は、とにかく、
この笑顔が見れて良かったと思った。

〜終わり〜

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?