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東京ひとり旅の記録②|網焼きトースト、流れに抗う鴨、ホッピーと日本酒

2日目。
大学時代の友達と浅草で昼飲みをした後、今回の旅行のメインイベントの予定。

1.網焼きパンに1時間半並ぶ

折角だから浅草の純喫茶でおいしい朝ごはんが食べたいな、と思って前日調べていたら、「ペリカンカフェに行こう」という天啓が降ってきた。

浅草の老舗ベーカリー・ペリカンは、食パンとロールパンのみを扱う硬派なお店だ。以前一度だけ食パンを買ったことがあって、「こんな食パンがあったのか」と衝撃を受けたのだった。

普通のパン屋さんで売っている食パンよりも二回りほど小さくて、パンの「一斤」は重さのことなので、ということは当然、密度が高い。渡されたときの、大きさに反してずっしりとした感触に驚いたことを覚えている。

さぞかし中身が詰まっていて、食べ応えがありそうな……と思いきや、切ってみると内側の白い部分は確かにみっしりとしてはいるものの、まったくそれを重たく感じないような柔らかさ。食べ応えはちゃんとあるのに、どれだけ厚切りにしていても、その肌理の細かさに夢中になっているうちにぺろりと平らげてしまうような魔力のある食べ物である。
最近の高級食パンは結構甘めでとろけるような食感のものが多いイメージなのだけれど、ペリカンのパンはとろけるというよりはしっかり噛みしめられる土台があるような生地で、どちらかというと素朴な味だったのがまたよかった。

そんな「ペリカン」がイートインのお店を出したと聞いて、ずっと行ってみたかったのだった。
岡山に転勤になる前は浅草至近に住んでいたので、行こうと思えばいつでも行けたのにね。

開店が9時ということで、そのくらいにつけばまあ入れるでしょ、と踏んで8時起床で浅草へ向かう。
お店に近づいたあたりで異変に気付いた。すでに人が並んでいる……?

入り口の前には受付表があって、A4サイズの名簿に名前と到着時間を書くようになっていた。私が名前を書けたのは、その2枚目である。ふと興味を持ってトップバッターの名前が書かれた時間を見ると、「8:15」となっていた。マジか。

別のお店に行こうかな、と思うも「せっかくだし」と並ぶことをきめる。旅行をしているときのこの、せっかくだし、と思う瞬間が結構好きだ。旅の醍醐味だと思う。
本を読んだり、そのへんをぶらぶら歩いたりしてひたすら待ち、10時42分に名前が呼ばれた(思わず時計を見て確認してしまった、あとでnoteに書こうと思って)。本を一冊読み終わってしまった、ちょうどそのタイミングだった。

いそいそとお店に入り、奥の席へ。看板メニューらしき「網焼きトースト」を頼み、お店の前が日陰になっていて待っている間かなり寒かったので、迷わず温かいスープを追加する。ついでにぶあついハムカツサンドもテイクアウトでエイヤと注文。今日1日ハムカツサンドを持ち歩くことになるがまあ良し、空腹と寒さは人の判断能力をバグらせる。

宝石みたいなフルーツサンドや、ぶあつい卵焼きが挟まったオムレツサンドもおいしそうだったな。何人かで来ていろいろシェアするのも楽しそう。

そして待ちに待った対面の瞬間!

うつわやトレイがいちいち可愛い

早くあたたまりたくて、まずはスープを一口。日替わりらしく、この日はにんじんのポタージュだった。野菜の風味はあまり強くなく、どちらかというと乳製品の旨味と塩味が効いているところに、ほんのりにんじんの甘みが添えられている感じ。冷えたおなかの中へ、熱くてとろんとした液体が落ちていく感触にうっとりする。
サイドメニューというにはややボリュームがある印象なのは、スープの量がしっかりしているだけでなく、そこにクルトンがどっさり入っているからだ。これがカリカリで、とてもおいしかった。

そして念願の食パンは、やっぱり幸せの味。
香ばしくトーストされた表面にさっくりと歯を立てると、中からほわりと湯気が立ち上って、細い絹糸が集まってできているような滑らかさが舌に触れる。相変わらず密度がすごくて、柔らかさとしっかりもっちりした食感が同居した不思議な感覚を味わえる。バターだけで食べたり、スープに浸したり、ジャム(舌の奥がきゅんとするような、しっかり酸っぱいアプリコットジャム。大好き)をつけてみたりと忙しくしているとあっという間になくなってしまった。

名残惜しいな、と思いながらコーヒーを飲むとこれがまた美味しい。酸味があまりなく、まろやかな後味でパンやジャムの味をぜんぜん邪魔しない。
さりげなく出されたお水にはレモンが入っていて、これにもうれしくなる。

ごくごくシンプルで派手さのないメニューなんだけど、そのひとつひとつに手が込んでいて、全部のレベルが高いってすごいことだなあと思う。
20分ほどで食べ終えて、外にまだ待つ人のいる気配があったので、早めに退散した。
たくさん待って肝心の楽しみはあっというまで、でも確実に残された満足感。なにかに似ていると思ったら、ディズニーやUSJのアトラクションに並んで乗ったときの気持ちだ。ああ、楽しかった。

2.隅田川で鴨を見る

まだ友人との待ち合わせには時間があったので、隅田川まで歩く。

途中でスーパーオオゼキに吸いこまれた。このあたりに住んでいたころ、よくお世話になったスーパーである。そのころと変わらず、生鮮品でいろいろ面白いものがあって安心する。丸のままの鶏とか、巨大なフリルみたいなめかぶとか、のれそれとか。ワサビ菜が98円でやや惹かれるも、旅行中なので断念。

隅田川は相変わらず水が汚いけれど、潮の香りとぽかぽかの日差し、青い空にごまかされてああ良い川だな、と思ってしまうのが悔しい。
海辺の風景は似通っているところが多いのに、大きな川の周りの風景は場所によってぜんぜん違う、と思ってしまうのはなぜだろうか。街中により近いからかな。ごちゃごちゃしたビル群と高速道路、アサヒビールの謎のモニュメントとスカイツリー、レンガ色の遊歩道。その間をのったりと流れているのを見ると、ああ隅田川だ、と思う。
隅田川も鴨川も淀川も、唯一無二でぜんぶ好きだ。

かもめはよく見ると思っていたけど、この日は珍しく鴨に似た水鳥がいた。
川の流れに逆らって一生懸命泳いでいる。こういうタイプの水鳥は凪いだ池なんかでぷかりと浮かんでいるイメージなので、こんな風にアスリートみたいな頑張りを見せられると物珍しくてつい見入ってしまう。

胸のあたりで水が盛り上がっている様子と水しぶきが、彼(彼女?)の頑張りを示しています

と思ったら、そのすぐ後に上流から何の抵抗もせず流されていく同じ種類の鳥がやってきて笑ってしまった。また隅田川が、こうして見ると結構流れが速いのだ。そのままだと海までいってしまうよ。大丈夫か。

どちらの鴨も視界からいなくなってしまったので、そのまま後ろにあったベンチに腰掛けて本を読んだ。ペリカンカフェの待ち時間で1冊読み終わってしまったので2冊目である。2冊持ってきていて本当に良かった。
この日は日差しが本当に暖かくて、文庫本のページが光を反射してまぶしいほど。散歩する人たちも同じく座ってぼうっとしている人たちも、みんな幸せそうでよい、と思っていた矢先、本の内容に涙ぐんでしまう。隅田川のほとりで目じりを拭う女、訳アリ感がすごくて普通に嫌である。

3.ホッピー通りで好き勝手

お化粧を直して友達Mとの待ち合わせ場所へ。雷門前がすごい人だったので神谷バー前で待ち合わせしようと思ったら、そちらもすごい人出。

再会を喜ぶのもそこそこに、足早にホッピー通りへ向かう。
いつ来ても、浮かれたムードに当てられてどこの店に入ればいいかわからなくなる場所だ。うろうろとして、結局通りがかりの、ちょうど席が空いた様子のところに入った。ちゃちな丸椅子とそっけない長机に、ホッピー通りだ! とうれしくなる。

そうそう、お店が混んでいて、長机の半分を20代前半くらいのけっこういかつい感じのお兄さん二人とシェアする形になったのだけれど、私たちが腰掛けた瞬間彼らがすごい勢いでお皿やジョッキを寄せてスペースを空けてくれたのでびっくりした。「お前(机に出してる)スマホしまえよ!」とか言ったりして。煙草を吸うときも律儀に聞いてくれたし。最近の若者、とても礼儀正しい。

私はホッピー(白)、Mは生ビールを頼んで乾杯。席に着くや否や出てきたお通しのうずら卵は、醤油味がしみていてとてもおいしい。うずら卵ってなんでこんなにおいしいんだろうか。まるごと1個の命をいちどに頬張る背徳感のせいか。

昼の野外でホッピーを飲んでいるという多幸感に陶然として、しばらくおつまみを頼むことを忘れていた。ジョッキ半分くらい飲んでから、はっとしていろいろ頼む。牛もつの塩煮込みと、焼き鳥の盛り合わせと、あと何かもうひとつくらい頼んだ気がするんだけどなんだっけ、ポン酢味で大根おろしが乗った何かだった。Mと久しぶりに飲めるのがうれしくて食べ物の記憶がやや曖昧である。写真を撮るのも忘れていた。

牛もつの煮込みは、澄んだ塩味のスープの中にいろんな種類のホルモンが沈んでいて、宝探しみたいでうれしい。もちもちしたのとか、ぷるぷるしたのとか、くにくにしたのとか。なんかフリルみたいな薄いパーツがたくさんついた謎の部位(しゃぐしゃぐした噛み心地)もあって楽しかった。たっぷりの葱とたっぷりの七味。しっかり味がついている焼き鳥にも辛みそが添えてあったりして全体的に過剰で最高。
少しずつソトをつぎ足しながら飲むので、ホッピーがいつまでたっても無くならなくて、なんだかそれが無性におかしくてたくさん笑った。

もちろんとてもおいしいものを食べさせてもらっているのだけれど、何よりこの場所この雰囲気でホッピーというご機嫌なお酒を飲んでいる、というのがいちばん大事な気がする。見渡しても深刻な様子で飲んでいる人がだれもいない。みんな昼酒の喜びに満ち満ちながら、くだを巻いたり千鳥足で歩いたりしていて、天国か? と思う。

周りが入れ替わってうるさくなってきたので一杯で退散。雷門近くに好きな角打ちのお店があるので、そこに付き合ってもらう。

↓この記事でも書いた、「酒の大桝」さんへ。

明るすぎるほどあかるい外から暗い店内に一歩入って、その差に目がついていけずちょっとくらっとした。日差しにあたためられた頭のてっぺんが暗がりに入ってすうっと冷えていき、不思議な心地よさを感じる。

晴れている日はみんな外で飲みたがるのか、店内はとても空いていた。ドア1枚へだてた向こうの喧騒が嘘のように、静かな店内。
日本酒をそれぞれ一杯ずつとささやかなつまみを頼んで、あとお水を、と言いかけたらテーブルの近くに和らぎ水が一升瓶で置かれていた。注文が入ってからご用意していると回らないので、とマスターが笑う。

しゅわっとした濁り酒と、澄んだ水みたいな大吟醸
あしらいがきれいな烏賊の塩辛

最初に頼んだ「五橋 FIVE グリーン」は新酒らしく炭酸ガスがかすかに舌を刺して、さわやかな甘酸っぱさが初夏のような陽気にぴったり。Mが飲んでいたのもおいしそうだったので、2杯目はそれを頼んだ。

ゆるゆると飲みながらいろんな話をした。仕事のこととか家族のこととか。最近仕事で悩んでいる、という話をたくさん聞いてもらって、ずいぶん気持ちが楽になった。今日はこれなかったKという友人と3人で、泊りがけで飲んだくれる旅をしよう、と約束する。とても楽しみ。

たっぷり用意された和らぎ水と飲んでいるといつまででも飲み続けられそうだったけれど、次の約束の時間が迫っていたのでばたばたと店を後にする。
外に出るとまた一気に陽が照り付けてきて、なんだか魔法のよう。
それなりに飲んだはずなのにぜんぜん気だるくなく、心地よさだけが残っていて、ああ良いお酒を飲んだ、と思った。






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