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映画感想:ジェーン・ドウの解剖(ネタバレあり)

うっとりするほど美しい死体が検死官親子に仇なすホラー、「ジェーン・ドウの解剖」を観ました。

※以下ネタバレありです。今からご覧になる方は、猫が好きな場合は辛いシーンもありますのでご注意くださいとだけ。

あらすじ


凄惨な殺人事件が起きた家の地下から、外傷のない女性の遺体が発見された。
身元不明の彼女<ジェーン・ドウ>の司法解剖を依頼された検死官のトミーとその息子オースティンは、解剖を進めるうちに遺体の異常な状態に気づくことになる。

欠損した舌、死んでいるはずなのにメスを入れた瞬間体から溢れる血、焼け焦げた肺、傷だらけの内臓、消化器から見つかった異様な内容物……。

傷ひとつない皮膚の下に隠された激しい損傷を暴いていくにつれて、親子の周りでは不可解な現象が起こり始める。

ミステリー要素を絡めた静かなホラー


本作の展開は、トミー親子が淡々と彼女の体内の状態を分析していく前半と、恐ろしい出来事が彼らを追い詰めていく後半に大きく分かれます。
舞台はほとんど地下の解剖室で、場面転換の少ない静かな印象のホラーです。
「解剖」というタイトルからはスプラッタ的な要素を連想しますが、死因の解明のためにプロが淡々と処置をしていく過程で血や内臓を目にすることになる、という構成なのでグロテスクな印象は薄め。外科の症例写真が平気な方なら大丈夫かと思います。

軸となるのは、主役とも言えるジェーン・ドウの謎。

死後硬直もしておらず新しい死体のように見えるのに、なぜ彼女の眼は亡くなってから数日経ったかのように白濁しているのか。なぜ彼女の腰には、中世の女性のようにコルセットを長時間付けていた痕跡があるのか。傷ひとつない滑らかな肌をもっているのに、なぜ手首足首は粉砕骨折し、内臓がズタズタに傷ついているのか。

「死因を突き止める」という業務上の使命を帯びた検死官親子は、上映時間のうちかなり長い尺を割いて、あくまで冷静かつ事務的に、遺体に見られる違和感を挙げていきます。解剖学に明るくない観客でもなにがおかしいのか気づけるよう、丁寧かつ自然に解説をはさみながら解剖が行われていくので、見る人の意識も、自然と遺体をそのような状態にした原因、トリックに引き付けられていくことに。

ジェーン・ドウは明らかに超自然的な状態の遺体なのですが、前半の克明でリアルな解剖シーンは、ベテラン検死官の手腕をもってすれば科学的な説明もつけられるのでは? と思わせます。その期待が一転、彼女の皮膚の裏側に刻まれた文様の発見によって、オカルティックな要素があらわになるという転換があざやかです。

ホラー要素が強まる後半でも、トミー親子のスタンスは大きくは変わりません。怪異の原因をジェーン・ドウの解剖を行ってしまったことだと結論付けてから、彼らは彼女の死因を突き止めることでその解決を図ろうとします。
突然の大音量、暗闇で迫ってくる異形の者、なかなか開かない逃げ場のドア(やっと開いたと思ったら今度はなかなか閉まらないドア……)など、ホラー演出はどちらかというとお約束的なものですが、ジェーン・ドウにまつわる謎が少しずつ明らかになっていく過程がスパイスとなって、目が離せませんでした。
(さすが科学者というべきか、トミー親子がパニックに陥ることなくわりと冷静に事態を切り開こうとするので、応援したくなるのもあるかも)

うつくしい死体という禁忌


怖かったり嫌悪感を持ったり好奇心をくすぐられたりとさまざまな感情を抱く本作ですが、全編通して感じるのは不思議なうしろめたさ。
その原因はおそらく、ジェーン・ドウの(文字通り、人間離れした)美しさにあるのでしょう。

ギリシャ彫刻のように均整の取れた身体、青白くなめらかな肌と豊かな暗褐色の髪のコントラスト、長いまつ毛に縁どられた、ガラスのように無機質な瞳。
トミー親子はあくまで仕事として彼女の身体にメスを入れていくわけですが、傷口から暗い赤色の血が溢れて蝋細工のような肌の上を流れていくシーンなどは、ぎょっとするほど官能的な気配が匂いたつものでした。

ともすればアートを眺めるように、ジェーン・ドウの美しさに感嘆する。
そのときに感じるのは、ジュリア・リー「スリーピング・ビューティー」を観たときに近い背徳感です。
こちらは本作とは逆に、「生きているのに死んだよう」な美しさですが。

死者が持つ美しさに惹きつけられ、その体内が暴かれていく様子から(トミー親子が持つ職業的義務感ではなく、下世話な好奇心によって)目を離せない。
自身のなかにある、そんな仄暗い一面を突き付けられる映画でもあります。

暗示をたっぷり含んだラスト


物語のラストでは、トミーの命がけの願いむなしく、彼ら親子は2人とも命を落としてしまいます。
翌日訪れた警察官が目にしたものは、ジェーン・ドウが発見された惨劇の現場と酷似した光景。すなわち、侵入者の形跡は見当たらず、中で住人が無残な死を迎えているという状況です。

おそらく冒頭の変死現場も、ジェーン・ドウの力によって起こされた悲劇の結果だったのでしょう。彼女はこれから大学病院に移される様子。積み込まれた車のラジオから流れる明るく不吉な歌、運転手の意味ありげな言葉、そしてそれに応えるように鳴る鈴の音。

不吉な暗示をたっぷりと含んだ、余韻が長く残るラストです。


キーワードを学んでもう一度観たくなる映画

ジェーン・ドウの正体については、限りなく正解に近いであろうという仮説は示されるものの、多くの謎を残したまま物語は幕を閉じます。
聖書の一節や中世の魔女狩り文化といった、随所にちりばめられているキーワードを理解すればさらに自分なりの解釈ができるかも? と、好奇心を掻き立てられる作品でした。
謎が全て解明されるわけではないので、ミステリー要素を期待しすぎると肩透かしかもしれません。
ジェーン・ドウの退廃的な美しさとオカルティックなエッセンス、そしてそれらの謎を科学的視線で解き明かそうとするトミー親子との対比が魅力の映画だと思います。

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