見出し画像

それでも紙の本を買う

夫と一緒に住みはじめたころ、彼のkindleを貸してもらい、その便利さに驚いたことがある。
分厚い文庫本に比べると格段に薄くて軽い。防水処理がされていて、お風呂にだって持ち込める。検索ですぐに読みたい本を探せる。ディスカウントされていたり、無料で読めるタイトルがある。タップでページが送れるので、電車のつり革に片手を取られながらでも楽々読める。

味を占めて、それ以降ときどき自分の読みたい本も入れてもらっている。
仕事関係の本や、巻数が多くて書棚を圧迫しそうなシリーズものの書籍、漫画が多い。
蔵書をすべてkindleに納めてしまえば、引っ越しもきっと楽々だ。外出先に持って行く本を選ぶ必要もない(なぜなら端末さえ持ち出してしまえば、その中に全部入っているので)。

しかし、である。
こんなに便利なのに、私は本を購入するとき、9割5分の確率で紙媒体を選んでしまう。
前述したシリーズものの書籍だって、たとえば「十二国記」の新刊が出るとなったら絶対に紙で買う。さらには、一旦電子書籍で購入したにも関わらず、紙媒体での買い直しを検討している本もある。

なかなかその理由を自分でも説明できなかったのだけれど、noteでフォローさせていただいているたいたいさんの記事を読んで、これだ! となった。

「役に立たないものが好きである。」という書き出しに、そうだそうだー! とシュプレヒコールを(ひとりで)挙げつつ、はたと気づいた。
このマインドが私に紙の本を買わせるのね。


誤解を招きそうな表現だが、私にとって読書は役に立たない趣味である。
ここで言う「役に立たない」とは、身も蓋もない言い方をすれば「カネにも腹の足しにもならない」ということ。
仕事のために読む本を除いて、私の選ぶ本はたいてい私に即物的な利益をもたらさない。彼らはカネにならないどころか、私の財布からなけなしのお金をじゃんじゃん抜きとっていく。腹の足しにならないどころか、おいしそうな食べ物の出てくる本を読めばお腹は空くばかり。

今どき、ネット環境さえあれば良質なエンタメをいかほどにも享受できる。フィクションも、思想も、情報も、アートも、検索窓の向こうから指先ひとつで拾ってこられる。
それでも本を読むことをやめられない。もはや宿業のようなものなのか。

ただ、趣味、と名の付くものは概ね似たり寄ったりなのだろうなとは思う。
夫だって「iPhoneのカメラ機能で十分なんだけどねほんとは……」と言いながら一眼レフのレンズを収集している(それぞれの違いについて教えてもらうと結構面白い)。

なんの話だっけ。そう、紙の本を買う理由だ。

そもそも本を読む動機が理屈で説明できないものなのだから、その手段が合理的でなくてもなんら不思議ではない。
合理的、という言葉を「目的に最短経路でたどり着くことができ、無駄のないこと」と定義するのであれば、本を読むという行為においては紙の本よりも電子書籍を用いたほうが合理的だ。発売日の0時に購入できる。売り切れの心配がない。書店に足を運ぶ必要も通信販売の送料を支払う必要もないし、お風呂にも持ち込めるし(何度でも言及したい特筆すべき美点)、収納場所に腐心する必要もない。

でも私は、自宅の本棚の前に立って、背表紙を目で追う時間が好きなのだ。
ふいに脳裏に浮かんだ一文を「あれ、どの本で見たっけ」とぱらぱらページを繰って探すのが好きだ。
その勢いで、読むつもりのなかった本を再読し始めてしまう流れが好きだ。
図書館や古書店へ足を踏み入れ、古びた紙の匂いを嗅ぐのが好きだ。
面白い小説を読んでいるときに、残っているページの厚みを確認して「ああ、まだまだこの本を読める」と安心するのが好きだ。
その厚みがどんどん減っていって、もう少しで読み終わってしまうさみしさと、結末を早く知りたいという気持ちの間で揺れるのが好きだ。
書店で本を買い込んだ帰り、電車の中でそっと買い物袋を覗き込んでほくそ笑むのが好きだ。
まだ読んでいない本を本棚の隅の方に平積みして物理的な「積読」を作り、その山がだんだん低くなっていくのを観測するのが好きだ。
その山にまた本を積んで安心するのが好きだ。
旅行先に持って行く本を選ぶのが好きだ。
旅先で結局別の本を読みたくなって、「帰ったら絶対、あれを読もう」と決心するのが好きだ。
帰宅して、焦がれに焦がれたその本を手に取る瞬間が好きだ。

私の頭の中に棲むわずかな合理性は、これらの非合理的な「好き」の前にあっけなく白旗を上げる。

ふだん、効率だのロジックだのに追い立てられて、あくせく働いているのだもの。
趣味でくらい、回り道の贅沢を心ゆくまで享受してもいいじゃないか。

そう言い訳をしながら、今日も大手を振って書店へ行こう。

この記事が参加している募集

#わたしの本棚

18,272件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?