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60歳からの古本屋開業 第1章 激安物件探索ツアー(1)予算は2万

登場人物
赤羽修介(あかば・しゅうすけ) 赤羽氏。元出版社勤務のおやじ
夏井誠(なつい・まこと) 私。編集者・ライターのおやじ

予算は2万円。激安物件探索ツアー、始まる

「部屋は2万円とか2万5千円くらいで探すようにしましょう」と、赤羽(あかば)氏は自分たちに言い聞かせるように言った。
 古本屋を始めても、しばらくの間は家賃を払えるような売り上げになるとは考えにくい。つまり最初というか、かなりの期間はすべて自分たちの持ち出し。そう考えれば、今後、小さいながらも商売を長くやっていくためには、とにかく毎月決まって出ていくお金を絞る。これが最初の大原則だった。
「こういう激安物件は有名な不動産屋じゃなくて、地元密着。地元の不動産屋しか知らないような物件を探さないと。夏井さん、地元の不動産屋さんに知り合いいない?」
「うーん、いないですねー。だって賃貸に住んだ経験は30年以上前ですから。特に地元の不動産屋の知り合いもいませんねー」
 2万円の物件探しは、居酒屋で交わしたそんな会話から始まった。

まずは地元不動産屋さんを狙え

 それから一週間ほどたった週末の午前10時。季節は3月の下旬。まだ寒い時期ではあったが、その日は空が晴れわたり、暖かい日差しが大きな影を作っていた。
 赤羽氏と待ち合わせたのは、とある私鉄ローカル線の駅前。駅は私と赤羽氏の住まいがある駅のほぼ中間の地点にある。おたがいに来やすいということでまず候補にあがった駅だった。
「ネットで調べていたら、2万円代物件があるという不動産屋さんを見つけたんですよ。昨日電話してみたら確かにその物件はあるみたいで。近いし、とにかく店舗に行って、できれば見せてもらったほうが早いですからね」
と連絡をもらったのは一昨日のこと。待ち合わせの駅の改札前から数十メートル先にその不動産屋さんの古びた看板が見えている。
 部屋探しの目的は、書庫探し。古本屋と言えば本が命。その本を収める書庫がとにかく必要である。
 しかし古本屋をやるといっても全てこれからのこと。実際に本を書庫に並べても、それが少しでも売り上げの形で入ってくるのは、まだまだ先のこと。最初は全て2人の持ち出しとなる。ゆえに部屋はとにかく安く。10円でも安く。そこで暮らすわけでもないのだから、たいがいのことには目をつむり、とにかく安く本を収納しておける場所を探すこと。これが私たちの部屋探しの唯一にして絶対の条件であった。 
「あれですよね」とさっそく歩き出したのだが、看板のあたりに来ても店がない。看板を確認しながら、店を目指して歩いているにもかかわらず、恐ろしいことにその前を通り過ぎてしまったのだ。
 店の幅、約2.5m。古びたアルミ製の引き戸が2枚。店の幅はほぼそれだけ。そこに手書きで20件ほどの賃貸情報が貼られている。そのすべてが日に焼けてセピア色となり、迷彩色のような効果を発揮していたのかもしれない。駅前の高い土地代を払い、生き残りをかけた派手な掲示物や看板を掲げる多くの店の中にあって、それは壁よりも目立たない店頭であった。いくら地元密着といっても溶け込みすぎである。
 店の前まで数メートル引き返し、まずは店頭の部屋情報の小さな張り紙、十数件をチェックする。
 そこには、4万、5万と、この辺りの相場の家賃の部屋に交じって、今までどのネット情報にも登場しなかったような激安と言ってよい部屋の情報が並んでいた。
 ワンルーム2.5万円。「いいぞ、いいぞ、これこれ」。この不動産屋、早くも大当たりじゃないか。

ワンルーム2.5万円。「いいぞ、いいぞ、これこれ」

 ざっと45年前の物件であるが、ちゃんと形もあれば屋根もある。階段だってついている。問題なし。自分たちの鼻の良さと幸運を喜びながら、迷うことなく店の中へと入っていく。この辺は年の功、知らないところに入っていくのは怖い、なんていう感情はもうないのであった。やや突っかかりながらケッ、キ、キ、キときしむような嫌な音を立てる引き戸を開けて店内に入っていく。しかしそこには少し意外な光景が待ち受けていた。

 その店には「入っていく」場所がないのだ。

(つづく)


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