あのとき、怒ったからこそわかる気持ちがある
ぼくには今年8歳の娘がいる。小学二年生で、目に入れても痛くないくらいかわいい。
いつも人形を使って自分で物語を作ったり、漫画を描いてみたりと創造力あふれる娘だが、最近は反抗期なのかコロナによる自宅生活が長く続くためのストレスなのか、よく怒りの感情をあらわにすることがある。
何に怒ってるかというと、たわいもないことなんだけど…わりと激しめに怒るのでちょっとびっくりする。そしてお母さんに怒られてる。
その度にぼくは自分が子供のころ、お母さんに対してこんなふうに怒ったことがあったな、と思い出す。
中学1年くらいの時かな。毎日楽しみにしてるアニメがあった。
当時は録画予約機能があるビデオデッキがなかったのか、使い方がわからなかったのかは忘れちゃったけど、お母さんに頼んで毎日録画してもらってた。
1日10分で月曜から金曜の5回でひとつの物語が完結する形式。
ああ、そうだ、書いてて思い出した。
録画してビデオに残すとき、オープニング曲は最初の1回だけでよくて、2回め以降はオープニング曲をカットしたかったんだ。
1話めが終わった直後に、エンディング曲もカットしてタイトルコールから2話めにつながる感じね。
オープニング曲もエンディング曲も好きだったけど、10分ごとに挟むとちょっと邪魔になるじゃないですか。
月曜にオープニング曲から録画して、火曜から金曜まではオープニング曲はカット。金曜の最後にエンディング曲を入れる。完璧ですよね。
完璧に残しておいて、何度も繰り返し見たかったんですね。だから、お母さんに頼んで「手動で」毎日録画してもらってたんだ。そんな録画機能は当時のビデオデッキにはない。いや、今もか。
お母さんは完璧なタイミングで毎日録画ボタンを「手動で」押し続け、完璧な録画方法によるビデオが次々にできていった。
当時のビデオテープのスタンダードは120分の長さだったから、50分の物語がふたつぶん保存できる。
20分あまるが、当然そんな中途半端な残し方をぼくが許すはずがない。
「このテープ、まだ録画できるじゃん」
という親に対して、「わかってないなァ、それじゃ美しくないんだよ」って説得を繰り返し、120分のテープを隔週で買ってもらって、消費していった。
全てが完璧だった。出来上がっていくテープを並べるたびに、「こんな美しく保存してるのは世界でぼくくらいのもんだろうな」って悦にひたってた。
井の中の蛙というか、世界と比べる方法が当時はなかったからね。自分が世界でただ1人と思えば、同じような人に出会わない限りは世界一だった。
そんなある日、悲劇は起きた。
お母さんが録画ボタンを押すのが遅れてしまったのだ。曲終わりでタイトルコールがある、その一瞬が捉えれなかった。
部活を終えて家に帰ったぼくに、お母さんは謝ってきた。
「ごめんね、今日ちょっと録画ボタンを押すタイミングが遅れてしまって…」
大急ぎでテープを再生してみると、確かに遅れてる。タイトルコールが入らず、いきなり話の部分から始まってるのだ。
ぼくは激昂した。完璧に残したかった大好きなアニメが…完璧さが崩れてしまった。
「なんてことしてくれたんだよ!」
めちゃくちゃに怒ってたのを今でも覚えてる。
今、こうして書いてて酷いな。お母さんからすると「なんでそんなことで怒られなきゃいけないんだ」って思っても無理ない話だ。
そのアニメは1年間の放送だったから、ほぼ1年間、完璧なタイミングで録画ボタンを押し続けてくれてたのに。それも、忙しい家事や仕事の合間をぬって、だ。
めちゃくちゃ怒ってるぼくに対して、お母さんは謝り続けた。たぶん、今思うとぼくの性格をわかってたんだろうなって思う。
怒っても時間は戻らない。でも、諦めきれない。ズラッと並ぶ、そこまで録画してきた完璧な120分テープを見ながら…もう二度と完璧に残すことはできないんだなって思うと、悔しくてボロボロ泣いた。その日の晩ご飯は大好きなハンバーグだった。
これ、今思い出しても恥ずかしいというか…まぁひどい話ですよね。
タイトルコールがないくらい、今思えば許容すべき。そんなに怒ることじゃない。
でも、当時のぼくにはそれが世界の全てだったんだよな、きっと。そのこだわりを持って実行してることが、世界の全てだった。実際に実行してたのはお母さんだったわけだが。
子供にはよくわからないこだわりがある。それが保てなかったときに、感情は全開になってしまうんだろう。ましてや家族に向けてだと、恥も外聞もあったもんじゃない。
ぼくは娘が「そんなに怒る?」というようなことでめちゃくちゃ怒ったとき、このことを思い出してしまう。
怒りをぶちまけてる娘は、お母さんから「そんなに怒ることじゃないでしょ!」って逆に怒られて泣いてる。そりゃそうだ。なんでそんなに怒ってるのかわからないことがほとんどだ。
でも、きっとなにかこだわりがあったんだろう。そんなときは耳元でそっと話す。
「お父さんも子供のころ、そんなふうにちょっとしたことで怒ったことあるよ。なにかこだわりがあるんでしょ?」
こんな風に声をかける。なにを思ってるのかはわからないけど、なにも言わずにギュッとぼくの腕を掴んでくる。
そして、こう続ける。
「お父さんは、あのとき謝れなかったことを今でも覚えてるくらいだから、たぶん謝った方がスッキリするよ、きっと」
すると、素直に謝ってる。お母さんごめんねって。ぼくと違っていい子に育ちそうな気がする。
あのとき、怒ったからこそわかる気持ちがある。
次に実家に帰ったときは、お母さんにあのときのことを覚えてるか聞いてみたい。
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