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ボーイ・ミーツ・ガール男、走る

「で、結局大学時代何やってきたの?サークルとかもやってなかったみたいだしさあ。成績もさあ。ほら、悪く言うつもりはないよお?言ってしまえばパッとしないんだよねえ」

小太りの脂ぎった男は人差し指を白のプラスティックテーブルに一定間隔で打ち付ける。

「えっと、そのまあ……」

ぐうの音も出ない。キャリアセンターで習った面接の作法<軽い握りこぶしを膝の上に置き背筋を伸ばす>は、一向に効果を発揮しない。軽い握りこぶしは既に固い握りこぶしへと変化し、こめかみから汗が流れる。修業が足りなかったか?

***

キャリアセンターの門をたたいたのは二日前だった。特に理由もなく、先延ばしにしていた就活にケリをつけようと、ほぼ半べそ状態でキャリアセンターに駆け込んだ。

就活のアドバイスはキャリアセンターの一角にある小さな会議室で行われる。部屋を出て行く者の表情は様々で、嬉しそうに出て行く者もいれば泣きそうな顔で出て行く者もいた。

「君さあ。もうちょっと早く来ようね。大体、みんなもっと前から準備始めてるのよ。履歴書だって直すべきところはたくさんあるし、君、えっと……?」

「斎藤です」

「斎藤君だっけ?君在学中何もやってなかったんでしょ?だったら、なおさら早く来なきゃいけなかったよねえ……」

キャリアセンターの人は優しくて綺麗な人だと言っていた、唯一の友人加藤を蹴り上げたくなる。早々に就活を終わらせ、彼女と遊び惚けている加藤の顔を思い出す。ボロクソに言ってくるじゃないか。もうすでに、やる気は停滞している。

いや、わかっていた。すべては自分が悪い。何もやっていなかった自分が悪いのは分かっているが、すでに瀕死の半べそ大学生に行う仕打ちとは到底思えなかった。

「で、何か絞りだそうよ。ほら何かあるでしょ?お友達が多いとかさ?」

「友達一人だけです」

「じゃあ、勉強頑張ったとかさ?」

キャリアセンターの沼田はペラペラと履歴書をめくると、「あっ」という顔をした。なんだよ、何か文句あるか。すでにボロクソに言われた悲しみは消え去り、逆切れという最低最悪な感情のみが置き去りにされていた。

「頑張ってないです」

「はあ……。わかりました。それじゃあ履歴書は良いとして、面接の練習をしましょう。はい、部屋出てノックから初めて」

言われるがままに会議室を出て、ノックする。順番待ちをしている学生の「こいつ面接の練習もしてなかったのか」という視線が突き刺さる。恥と怒りと悲しみをない混ぜにしたノックをカマした……

***

「はあ」

脂ぎった面接官は脂にまみれた黒縁眼鏡を押し上げると、奇しくもキャリアセンターの沼田と同じため息を吐いた。こいつら、もしかして同じ人間か?現実逃避から来るSFチックな疑問が脳を駆け巡る。

「まあ、いいや。面接の結果は後日ご連絡します」

何が「まあ、いいや。」だ。全く良くない状況なのは火を見るより明らかだ。面接官はそそくさと面接室の扉を開けると、「はやく出ろ」と言わんばかりの視線でじっとこちらを見つめる。

「ありがとうね」

腹いせにため口で礼の言葉を脂ぎった面接官に吐きつけた。終わりを悟り、会社の中であるにも関わらず、イヤフォンを耳に差す。仕事中の人間の視線が突き刺さるが関係ない。もう落ちた。すべては終わったのだ。

気づけば、池袋のど真ん中で缶チューハイを煽っていた。9%のアルコールはコンマ数秒という速さで脳内神経に作用する。ああ、気持ち良くなってきたぞ。何でもできる気がする。もう、何も失うものはない。

四缶目を開けたところで悟る。そうだ、就活するよりも前にやることがあるじゃないか。まだ青春していないぞ。就活よりも青春が先。当たり前だ。青春を謳歌していない限り、就活の成功は考えられない。これは、世の中の摂理なのではないか。

青春といえば、ボーイ・ミーツ・ガールじゃないか。少年、少女にであう。もう、少年ではないがこの際仕方ない。遅刻しそうな少年少女が角でぶつかる。やがて恋に落ちる。完璧だった。そうと決まれば走る。

ストロング・ゼロを片手に池袋中を角という角を走り抜けた。途中で給水所<コンビニ>に立ち寄り十分に水分を補給する。カシュッ!プルタブの音が心地良い。

何十回目か、ようやく誰かとぶつかる。目の前には同じようにしりもちをつく、同い年くらいの女性。青春の始まりを直感した直後、強烈に胸倉をつかまれる。両耳にピアスを開けた男の顔がそこにはあった。頬と腹に強烈な打撃。転がるストロング缶。曖昧な意識。四回目の腹への打撃から意識が飛んだ。

***

目を開けると、そこには一面の青空が広がっていた。神様のご褒美みたいな青空だった。ネクタイもワイシャツもない。上半身裸にブレザーというパリコレみたいな恰好だった。こんなにも素敵な青空を見れたのなら、ネクタイもワイシャツも安いものだ。

上ずった気分で身体を起こす。あたり一面は城だらけ。仲睦まじくそこへ入っていく男女。西武池袋線の走る音がかすかに聞こえた。


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