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首都高と夜景の加速度

レールに見えた夜景は数え切れぬ自動車のランプだった。走っているだけでは、見えない光景。自動車を降り、高層ビルの屋上から見下ろさなければ見えない光景。見下ろして「綺麗ね」などと感想をつぶやく。グレーの雲の隙間から飛行体。ヘリポートは一定間隔で点滅している。

自分がその光景の一部になれば、出てこない感想をつぶやく。鳥の目になって、苦労を垣間見ず、ただただ有頂天・能天気になってこぼす言葉。地上の冷え切った空気の中、ぬるま湯に浸かっている。深夜のコンビニエンスストアで買った缶チューハイを片手に呆然と人々の苦労を美化する。

「あ、これ美味しい」

「どれどれ一口。ちょっとしょっぱいね。酒のつまみには丁度良いけど」

事件終わり、酒を酌み交わす。解決したわけではない。時効となり、解決することはできなくなった。肩の荷が下りた。解決できなかったことに対する現実逃避は加速し、プルタブを引っ掻くペースは上がる。喉を鳴らしても、消えない現実逃避。

「首都高ってこうやって見るとすごいな」

「東京タワーが突っ立ってるのもいいよね」

なるべく、関係のない話をする。現実逃避であると分かっていながら、へらへらと笑う。今まで、何もなかったかのように笑う。たった、数パーセントの缶チューハイが喉を焼く。ウイスキーを流し込んでいるような頭の感覚。

デジタル信号でそびえ建つ高層ビル群に紛れる東京タワー。真空管アンプの音色のようなオレンジ色で輝いていた。ブラウン管で写し取ったような姿。時間が停止したような錯覚。周囲の高層ビル群を無視し、無神経に発色していた。

「ああ、結構飲んだかも」

「そろそろ帰ろうか。明日も仕事だ」

冷めたオフィスビルの蛍光灯の下、帰り支度をする。鞄を引っ掴んで肩に掛ける。片手には時効前のメモ書き。すでに消えた蛍光灯の下にあるシュレッダーにそれを入れる。深夜には似つかわしくない稼働音でメモ書きを飲み込んでゆく。つい数時間前まで意味のあった紙片。すでに意味がなくなってしまった紙片。一枚、また一枚と増えていくにつれて酔いは覚めてゆく。全身の筋肉が弛緩する感覚、紫色の罪の意識。

ETCを潜り、アクセルを徐々に踏み込む。唸りあがるエンジン。加速する街灯。三十分前まで、レールに見えた自動車の群れに入り込んだ。両側の窓を全開にして、煙草に火をつける。空になった煙草の空き箱をつぶして、ギアに引っ掛けたコンビニ袋に放り入れる。紫煙は、煙草の先からゆらゆらと揺れていた。


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