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ダサい服の行く末

心は痛いが、共感せずにはいられない。

NewsPicksのオリジナル記事に大変興味深い考察があった。

ダサい服を作ったら、それはサステナブルじゃない。

つまり、いくら環境にやさしい素材を使っていたとしても、購入者が飽きてしまって1年も経たずに捨ててしまえば、サステナブルではないのではということだ。
共感すると同時に、まさにわたしがファッションに限らず購入する際の判断基準になるものだ。そして、金額以上に重視するのが現在のワードローブを把握することである。

その服は本当に必要なのか、そして、どれくらい使用するのか等、必要な要素を机の上に並べる。持論であるが、衝動買いとは、その商品を見るまでは選択肢にはなかったが、ワードローブを瞬時に思い描いて購入することだと思っている。

少し脱線したが、ダサい服は使用年数の観点からサステナブルではないと思う。コモディティ化されつつあるファッションにおいて、消費者を飽きさせないもの、普遍的なモノづくりとは何だろうか。

それにしても、ダサいって言葉は破壊力えぐい。

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