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稽古の日記 七日目

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くらやみダンス#8
『くらやみダンスの宝島』
脚本 岡本セキユ・神山慎太郎
演出 岡本セキユ
2021年11月25日(木)-30日(火)
於:池袋スタジオ空洞
【詳細】
https://kurayamidance.wixsite.com/home/next
【予約】
https://ticket.corich.jp/apply/114981/006

10月23日

稽古場の近くに食パン専門のパン屋があった。

閑静な住宅街の隙間に突如として現れたそのパン屋は、檜を模した壁材が黄金色に輝いていて、凡そパン屋的装いからは一歩半ほど距離をおいた店構え。
店内はシンプルな造り。
入って真正面には両手を広げたぐらいの大きさのカウンターがあって、そこに店番を任された愛想の良い、それでいて騒がしくない、ちょうどいい塩梅のお姉さんが一人。
左を向くと、棚が二段組になっていて、食パン2斤1セットの紙袋が寸分の狂いなく整列されている。このいい塩梅のお姉さんは、重度の几帳面さも持ち合わせているみたいだ。

ちょうど僕がそのパン屋に気づいた時、店から猟犬かと思うほどの大きさのゴールデンレトリーバーを引き連れたツキノワグマみたいな見た目のお父さんが、両手に紙袋計6個とリードを持って出てきたところだった。
2斤×6個=12斤。いくら腹を空かせたクマでも、こんな量の食パンは食えないだろうと思う。何日かに分けて食べるとしても、カビる前に食べ切れるだろうか。お父さん、僕はすごく心配だ。

にしても、土曜の昼間に、犬の散歩ついでに、ちょっと高めの食パンをまとめ買いするなんて、実に優雅だと思う。

村上春樹の短編に『パン屋再襲撃』という話がある。
過去に空腹の末にパン屋を襲撃した僕は、パン屋の亭主から好きなだけパンを持って帰っていい代わりに、お気に入りのワーグナーのレコードを聴かされた上、”呪い”をかけられる。
数年後、結婚した僕は、ある夜中、空腹で目が覚める。
この空腹は"呪い"のせいだと訴える妻に言われるがまま、散弾銃を持ってパン屋を再び襲撃しに行く。
しかし、夜中に空いているパン屋などなく、仕方なく24時間営業のマクドナルドに押し入り、ハンバーガーを30個強奪する。
夫婦でハンバーガー15個ずつ、口に詰め込みコーラで胃に流し、空腹感は無くなり睡魔が襲う。
こんなことする必要があったのかと呟く僕。
それに対して、「もちろんよ」と妻が応えるところで話は終わる。

仮にその日、この食パン専門のパン屋が空いていたら二人は襲撃しただろうか。
思うに、別のパン屋を探したんじゃないだろうか。
食パンじゃ夜中の空腹は満たされない。
まして高級食パンは、散弾銃を持ちながら食べるものじゃない。

二人の空腹はジャンクでなければ満たされなかったはずだ。

高い食パンは、心穏やかなる時に食すもの、だと思う。



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