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生成AIに答えられない「問い」とは?

使えるようになりました!

Chat GPT4 Turbo

学校で教員だけですが、とてもありがたい!

2024年度は高2の古典探究で生成AIを使っています。だいたい下記の4つのことにAIを利用中。

①古文の内容を現代的なコンテンツと関連付けるようにAIに指示し、AIの回答を吟味する

宇治拾遺物語の「猟師、仏を射ること」と、YOASOBIの「アイドル」との関連性を考えてもらい、その後で、生成AIに「猟師、仏を射ること」と「アイドル」の関連性を尋ねて出てきた回答を検証するという一連の学び。

「猟師、仏を射ること」は、長年熱心に修行してきたお坊さんの前に普賢菩薩が象に乗ってあらわれ、それを自分も見たお坊さんと知人の猟師が「お坊さんが見るってのは納得感もあるけど、自分みたいに罪深い者も見れらるって、おかしくない?」って考え、弓で射たら大狸だったというお話。

「アイドル」は、「アイドル」を演じる本人と、その本人を「天才的なアイドル様」と揶揄するものの演じてほしいメンバー、そして演じる本人の「私とは何か」の悩み……などを描いた歌詞。

②古文の解釈についてAIに回答させ、その回答の不備を生徒が吟味する

次の文章は、ChatGPTで生成したものである。間違いを説明しなさい。

「この文は、日本の古典文学である『平家物語』からの引用です。この場面では、摂津前司保昌(せっつぜんじやすもり)という人物が登場します。
保昌は、相手の人の態度がどんなに変わっても、逃げることなくその場にとどまり、自分の立場を貫く姿勢を示しています。彼は、人々が自分のことを鬼のように怖がり、神のように尊敬しても、自分を変えずに行動します。その結果、保昌は家に案内され、丁寧に扱われますが、その中にも彼の凛とした態度が感じられます。彼の言葉は、相手が分からないことや心を知らないことに対しても、失礼のないように注意を促すものです。保昌の姿勢や言動は、人々に深い印象を与え、彼の尊敬と畏敬を勝ち得ることになります。」

③古文の解釈についてAIに回答させ、なぜAIがそのように回答したのか生徒が推測する

「源氏の五十余巻」についての下記の分析について、特に《 》の部分のような分析をなぜAIがしているのか、「更級日記」が書かれた状況から推測して自論を述べなさい。

【理想と現実のギャップ】
菅原孝標女は、若い頃に理想の自分像を思い描いていました。彼女は「夕顔」や「浮舟」といった『源氏物語』の登場人物のように美しく成長することを夢見ていました。これは、自分が成長すれば美貌や魅力を持つようになるという希望を抱いていたことを示しています。《しかし、実際に成長してみると、その理想とは程遠い現実が待っていました。このギャップに対する失望感が「いとはかなくあさまし」という表現に現れています。 》

④古文に関する「問い」についてAIに回答させ、よくできている回答とできていない回答を比較し、なぜ「できるのか?」「できないのか?」考察する

④はまだ授業では取り上げていないので、もう少しネタを集めてから生徒と一緒に考えてみようと思います。

ちょっとやってみたのですが、さて、下記の「問い①」と「問い②」だったら、どちらの問いが「できない」と思いますか?

【問い①】「いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。」この冒頭部分における、桐壺の更衣のキャラクター設定とその効果について説明しなさい。

【問い②】「後涼殿にもとよりさぶらひたまふ更衣の曹司をほかに移させたまひて、上局に賜はす。その恨みましてやらむ方なし。」とあるように、桐壺の更衣の住まい(局)を後涼殿に移動させた結果、もとから後涼殿に居た女御が移動することとなり、この女御は桐壺の更衣を恨む。ただ、本文には「まして」とあり、他に何かと比較されていることがわかる。比較されている者とは誰か?また、なぜその人たちよりもこの女御は「まして」恨むのか?説明しなさい。

いずれも、『源氏物語』の「桐壺」からの出題です。じつは問い②の方が文脈さえわかれば答えられる問いなので簡単です。

見事に? 生成AIは問い②については「まぁいいんじゃない」という回答は返せましたが、問い①については、全くダメでした。

『世界はナラティブでできている』(アンガズ・フレッチャー著、青土社)では、人間の思考は少なくとも「論理的思考」と「物語思考」の二つからなっていて、AIは「論理的思考」は非常に得意で人間が太刀打ちできないレベルになっているけれど、人間の創造性の源であるという「物語思考」はできないと指摘されています。

 上記の問い①は、web上や生成AIが参照できるデータベースに類似のデータが無いから回答できないのだろうとは思います。それはとりあえず置いといて、じつは私がこの問いで問うているのは、乏しいデータから推測や試行錯誤や、論理の飛躍ができるかどうか、ということです。しかも、その思考の結果について、「なるほど」「オモロい」となって、周囲の人の思考をドライブしていく……

こういう思考ができるのが、文学なのです。

ただ口語訳や文法を覚えたりするのって苦痛で面白くないですよね(私だけかな)。しかもそれはAIの方が得意だよ、とかいわれたりすると、じゃぁAIでいいじゃんってなりませんか?あるいはAIが教えればいいとならないでしょうか?
それは当然です。AIが得意な方法を取っているからです。

まだ、取り掛かったばかりですが、AIが不得意な問いの方がオモロい!となりそうです。

問いを工夫したら、AIだけの支援でテストの点数や偏差値があがるよ~といったシステムにとらわれずに、オモロい学びに生徒と一緒に取り組める場を生み出せる……そんな予感がしています。

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