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「漫画週刊誌といない男」超短編小説

3月17日 漫画週刊誌の日
1959年のこの日、日本初の少年向けの週刊誌「少年マガジン」と「少年サンデー」が発刊された。

20代前後の男性が漫画の原稿を読んでいる。

その原稿用紙にはパソコンを食い入るように見ている小学生の男の子が描かれている。
パソコンには何十年も前に発売された漫画が、オークションで高額で取引されたという記事が書かれている。
少年はパソコンから顔を上げ、近くに積まれている漫画週刊誌をキラキラした目で見つめる。
ボクもこれから漫画を全部取っておこう。何十年後かにそれを売ればボクは大金持ちだ。そしたらそのお金でさらに漫画を買おう。たくさん買おう。

少年は漫画さえあれば他は何もいらないくらい漫画好き。
漫画を読みふけりいつも思っていた。
漫画にはすべてがある。冒険も友情もかわいい女の子も成長もロマンも。
いいなあ、漫画の中に入りたいなあ。

月日の流れとともに成長していく少年と増えていく漫画週刊誌。
少年は壁に漫画週刊誌を積んでは、それを満足気に眺める。
さらに少年はベッドを廊下に追いやって漫画週刊誌を積んでベッド代わりにして、いい夢が見られそうとまぶたをこする。

部屋から家具や物がどんどん減っていき代わりに増える漫画週刊誌。
とうとうその部屋には少年と積まれた漫画週刊誌のみとなる。

部屋の中央で最後の一つを積み上げる少年、いやもう青年になっている。
青年は積まれた漫画週刊誌の上に立っていて、青年の四方は漫画週刊誌がぎっしりと積み上げられている。もう一冊たりとも入るすきまはない。
青年は漫画週刊誌に四方から圧迫されて恍惚の笑みを浮かべている。
END



いやいやいやいや、最後に積んだ漫画はどうやって中にいれたんだよ、というつっこみをカンジはぐっと我慢して、原稿用紙をテーブルの上に置いた。
テーブルの向こうには渋い顔をした祖父が胡坐をかいている。

「今朝、シュウがいつまでたっても2階から降りてこないからな、見に行ったら部屋の戸の横にこれが置いてあった」
そう言って先ほど祖父がカンジに渡してきたのがこの原稿用紙だった。


今朝、母方の祖父から電話がかかってきた。カンジのいとこのシュウが部屋に閉じこもって出てこないとのこと。

年齢が近いお前なら話が通じるかもしれないと祖父はカンジに望みを託してきた。

カンジとシュウは仲がいいわけではない。親戚の集まりで会えば少しは言葉を交わすがそれだけだ。

年齢が近いというだけで頼られるのも面倒くさいな、とカンジは思った。

しかし祖父、祖母、おじ、おば、そしていとこのシュウが住む家はカンジが通う大学の近くだ。うまくいけば小遣いをもらえるかもしれないという下心もあって、カンジは大学が終わってから、祖父の家に寄ることにした。

授業が終わってカンジが祖父の家に行ってみると祖父しかいなかった。

おじとおばは仕事。社交的な祖母は近所の友達と散歩へ出かけている。さわいでいるのは祖父だけで、他の皆はシュウが部屋に閉じこもっていることを、おおごととは思っていない。普通に日常を送っている。

もともとシュウは内向的な性格で、祖父はそんなシュウをいつも心配していた。ついに引きこもってしまったと祖父は勝手に思いこんでいる。


「ドアに鍵はついていないのに開かないし、いくら話しかけても返事がない。カンジ、ちょっとシュウに話しかけてやってくれ」
そう言うと朝からシュウのことで気をもんで疲れたのか祖父はゴロンと寝転がった。

おいおい、人に押し付けて自分は寝るのかよ、とカンジは思ったものの、言われた通り階段を上がりシュウの部屋のドア前に立って中に話しかけた。

「シュウにいちゃん、いるの?」
コンコンとドアをノックするが返事はない。

「にいちゃん、オレだよ、カンジだよ。じいちゃんが心配してるよ」
返事はない。戸に耳を付けて中の音を拾おうとするが何も聞こえない。
もしかして中で倒れているかもしれない、カンジはそう思い、慌ててドアノブをつかんで回した。
ドアノブは動くがドアは開かない。部屋の内側に開くはずのドアが、中から何かで押さえつけられているようにぴくりとも動かない。

さっき読んだ原稿のようにこのドアの向こうに漫画週刊誌が積まれているのでは……
そんな考えがカンジの頭をよぎった。

「にいちゃん、いるの?」
もう一度呼びかけるが中から返事はない。
カンジはドアに全身を持たれかけて力を入れる。少しだけドアが動いたような気がした。
開きそうだ。カンジはさらに力を込めて全身でドアを押したり、どんどんとドアに体当たりしたりを繰り返した。

そのうち中で何かが倒れるような音がしてドアが少しだけ開いた。
カンジはその隙間に体をねじ込み中に入る。

中は真っ暗。手さぐりでスイッチをみつけ電気をつけると、明るくなった足元に漫画週刊誌が大量に散らばっているのが見えた。6畳の部屋にシュウはいない。念のためカンジは押し入れものぞいたがそこにもシュウはいなかった。

窓を見ると雨戸が閉まっていたのでカンジは窓の鍵を開け、窓を開け、雨戸を開ける。

明るくなった室内をカンジは改めて眺める。

出入口のドア付近に漫画週刊誌が散らばっているのを見て、これが積み上げられてドアをふさいでいたんだな、とカンジは納得した。

部屋の中は確かに漫画が多いがそれ以外は普通だ。ベッドも机も本棚もある。さっきの原稿のように漫画週刊誌しかない、というわけでもない。何も変わったところはないなあとカンジは思いながら、机の上に漫画の原稿が置いてあるのに気が付いた。

見てみると、さっき読んだものと同じものだ。

最初の一コマ目は20代前後の男性が漫画の原稿を読んでいるシーン。

それを見てカンジはふと思った。この男性、オレに似てないか?

ぺらぺらと原稿をカンジはめくる。先ほど祖父に渡されて読んだものと同じもののようだがこちらには続きがある。

原稿を読み終わった男性が祖父と会話をしている。
男性が2階に上がり、ドアをぶち破って部屋の中に侵入する。
部屋の机に漫画の原稿があるのに気が付きそれを読み始める……

その原稿にはこの家に着いてからのカンジの行動が描かれていた。

最後のコマには原稿を見ながら固まっているカンジを斜め左上から俯瞰したような絵が描かれている。
カンジはそこから何者かに見られているような気がして全身に鳥肌が立った。
慌てて左後ろを振り返ったが、何もいない。

カンジは自分の慌てぶりに苦笑した。
たまたまだ、たまたま。
シュウにいちゃんは確か頭が良かった、オレの行動なんてお見通しだっただけだ、カンジは自分をそう納得させた。

漫画の中に入りたいのはシュウにいちゃんだろ、オレを漫画に入れてどうするんだよ。
それにしても兄ちゃんどこ行ったんだよ。

心の中で明るくひとりごとを言うが、カンジはいつまでも不気味さをぬぐい切れなかった。


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