「祠には何もいない」ホラー小説ショートショート
山道の脇にある、古びた小さな祠。石を積んだ土台と正面には格子戸が付いている。土台を含めても子どもの背丈ほどの高さしかない。
いつからあるのか何が祀られているのか、はっきりしたことは誰も知らない。それでも根付いた習慣により、祠をぞんざいに扱う者はいない。近所に住む高齢者や、たまにやってくる登山者が静かに手を合わせていく。
しとしとと静かに雨が降る中、小学校低学年くらいの男の子が二人、足早に祠にやって来た。彼らはこの辺りを遊び場にしていて、毎日のように山道を二人で駆け回っている。
男の子の片方は大切そうに何かを抱えていた。祠の前にしゃがむと何のためらいもなく格子戸を開けて、抱えていたものをその中に入れようとした。みゃあ、鳴き声がした。その様子を立って見ていたもう一人が口を開いた。
「そんなところに入れて大丈夫かなぁ」
「ここくらいしか雨やどりできないよ」
「うちで飼えたらいいのに。父ちゃんが動物きらいじゃなかったらなぁ」
「うちもおじいちゃんがゆるしてくれないと思う。でもここならきっと神さまが助けてくれるよ」
町中に戻れば雨をしのげる所はたくさんあるのに、焦っていてそこまで頭がまわらないのだろう。二人は子猫を祠の中に置いて足早に去って行った。
子猫を助けやしない。祠には何の力もない。そこには何もいない。
雨が止んでしばらくすると中学生くらいの女の子が二人、体を寄せるように歩きながら山道を上がって来た。
「ここかな」
「ここだよ、きっと」
「本当にこの祠に願ったら恋が叶うの?」
「そう聞いたよ。うちのお姉ちゃんが中学の時もそういう噂があったって」
二人はゆっくりと祠に近づいていく。
「何か聞こえない?」
「うん。祠の中かな」
二人はおそるおそる祠の中をのぞき込んだ。
「ね、ねこがいる」
「え、かわいい!」
「ここで雨宿りしてたのかな」
片方の子が子猫を抱きかかえて優しくなでた。
「わたしもだっこしたい」
もう一人が言って、かわるがわるだっこしたりなでたりしている。
「わたし、飼ってもいいか頼んでみるよ」
二人とも猫のかわいさに夢中で、当初の目的を忘れてしまったようだ。そのまま来た道を戻ろうとしている。
「あ、お願いしないと」
猫を抱えていない方がそう言って、慌てて戻って来た。そして二人そろって祠の前にしゃがみこむと軽く頭を下げた。しばらくじっとしてから立ち上がり、子猫を見ながら満足そうに去って行った。
恋を叶えやしない。祠には何の力もない。そこには何もいない。
別の日、若い男の二人組。真新しそうな登山用の装備を身に着けている。祠を見て二人ともニヤッとした。
「これ、何かおもしろいネタにならねえかな」
「ちょっと壊してみる? それで本当に呪われるか検証してみるとか」
「炎上するんじゃね? 再生回数かせげりゃそれでもいっか」
呪われなどしない。祠にそんな力はない。そこには何もいない。視野を広げれば祠よりネタになりそうなものがあるのに。
二人はスマホを取り出し、祠を前後左右から撮影した。そして祠の扉を開けて、その中を撮影した。
「何しよう」
「この中に入ってるお札をやぶるか?」
「おい、何をしとる」
この山道を散歩のルートにしていて、毎日やって来る白髪の老人が現れた。眉間にしわを寄せて二人の様子をじっと見ている。
「あ、やべ」
「うわ、きたぁ」
二人は口々に愉快そうにつぶやくとすぐに扉を閉めて老人に向き合い、ごまかすように愛想笑いを浮かべた。怖気づいた様子はなく堂々としている。
「こんにちは。ちょっと見ていただけですよ」
「ぞんざいに扱うとバチがあたるぞ」
「あの、ここには何が祀られているんですか」
「山にあるのだから山神さまに決まっているだろう。バチがあたるぞ」
「バチって何が起こるんですか?」
「事故にあうぞ。遭難するぞ。帰れなくなるぞ」
「本当ですか」
「バチがあたるぞ」
二人組は話を聞くだけ聞いて、老人がいなくなったら撮影を再開するつもりだったのだろう。しかし老人は去って行かない。「バチがあたるぞ」「山神さまが怒るぞ」同じことをしつこく繰り返す。やがてうんざりしたのか、二人組は老人を適当にあしらって去って行った。
「ったく。バチがあたるぞ」
老人は祠の前でしゃがむと手を合わせてこうべを垂れた。そしてウエストポーチから手のひらサイズのほうきを取り出し、祠の中や屋根や壁をさっとはいて、もう一度手を合わせてから去って行った。
バチなどあたらない。祠にそんな力はない。そこには何もいない。そこじゃなくて。
誰も私に気づいてくれない。ずっといるのに。ずっと見ているのに。何もいない祠にばかり注目して、いるものにはまったく気づいてくれない。
木の枝や草に遮られて向こうからじゃ見えないのか。匂いはどうだ。向こうまで届かないのか、風向きが悪いのか。こんなに腐っているのに。
風が吹いて、いたずらに私の体をゆらし、太い枝に縛った縄がミチミチと小さく音をたてた。履いていた靴が肉と共にぼとりと地面に落ちた。
(了)