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「ひな祭りと女の子の厄」超短編小説

今日は楽しいひな祭り。
小さなころ、この歌を聞いて思った。
ひな祭りって楽しいものなの?
わたしは楽しいひな祭りを過ごしたことはない。
うちにはひな人形がない。
何も飾らないし、お祝いのごちそうもない。
わたしにとっては、ひな祭りは給食にひし形の3色ゼリーが出る日。以上。

それは全部、おばあちゃんのせいだ。
おばあちゃんは、男が偉い、長男が一番という考えの時代の人。
だから、孫へのひいきがすさまじい。
女子で二番目に産まれたわたしは、ほとんど相手にせず。
長男のお兄ちゃんばかりひいきして、お兄ちゃんばかりにお金をかける。
そんなおばあちゃんに甘やかされて、お兄ちゃんはいつも偉そう。
でもわたしは気が強いから、
偉そうにしているお兄ちゃんになんて従わない。
そんなわたしをおばあちゃんは女のくせにって言って怒る。

お父さんは気が弱くておばあちゃんに逆らえない。
本当はうちのお父さんではなくて、長男のおじさんの家で、
おばあちゃんの面倒をみるべきなのに。
気の弱く末っ子のお父さんは、
長男で威張り散らしているおじさんに逆らえない。
おばあちゃんを押し付けられても何も言えない。

長男のお前が一番偉いとおだてて甘やかして育てたおじさんに、
厄介者扱いされて追い出されたおばあちゃん。
なんで懲りないのかな。
お兄ちゃんは、おじさんに似てきた。

お母さんもおばあちゃんに逆らわない。
相手にするのが面倒だから
従っているふりをしているだけかもしれないけれど。

お母さんは、今年、小さなひな人形を買ってくれた。
おばあちゃんに見つかったら、
女がこんな贅沢するなと言って捨てられてしまうから。
だから、小さくて隠せるものを。
かわいい、かわいい、わたしだけのひな人形。

おばあちゃんは女なのに、なんで女の味方をしてくれないのかな。
なんで男の味方ばかりするのかな。
不思議でしょうがない。

今年の3月3日は日曜日。
おばあちゃんはいない。畑にでも行ったのかな。
最近、膝が痛い、歩きにくいと言って、家にこもってばかりだったのに。
おばあちゃんがいないと、それだけ嬉しい。
それだけで、ちゃんと息が吸える感じがする。

わたしのひな人形は部屋の勉強机の引き出しに隠してある。
こっそり見る。見ているだけで楽しい。

お花をあげましょ桃の花。
あの歌詞が頭をよぎった。
ひな人形に桃の花を飾りたい。
桃の花を探しに行こう。

おばあちゃんに出くわしたくないから、
周りに常に注意しながら、桃の花をさがす。
近所の家の庭や畑や道沿いやらにある、木に咲いたピンクや白の花。
あれ、これは桃? 梅? 分からない。
分からないけれど、天気も良くて気持ちがよく、
わたしはご機嫌で散歩を続けた。
そのうち、大きな川に出た。

この上流にうちの畑がある。
天気が良く雪解けが進んだのか、川の水が増水していて危ない。
あまり近寄らない方がいい。

あ。
おばあちゃんがいた。
頭が見える。見覚えのある、作業用の日よけの帽子。
頭が浮いたり沈んだりしている。
やっぱり、まちがいない、おばあちゃんだ。

おばあちゃんが増水した川に流されて溺れている。

ああ、これ、あれだ。
前にテレビで見た映像が頭に浮かぶ。
子どもの厄をひとがたに移して川に流すという行事、流し雛だ。

たしかに。
おばあちゃんは、わたしの厄そのもの。
おばあちゃんがいなかったら、ひな祭りをお祝いできる。
お母さんが買ってくれたお人形を堂々と飾れる。

子どもの厄を乗せてひとがたが流される。
厄そのものが流されていく。
ひな祭りってなんて素敵。

早くうちに帰って堂々とひな人形を飾ろう。
わくわくして、わたしは川を後にした。

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