ふたつのワンスター

全身のコーディネートの中で、一番力を入れてお金をかけているのは靴だ。
洋服そのものにはわりと適当に選ぶわりに、靴、特にパンプスに対してだけは異常なほどのこだわりを見せる。
執着に近いものもあって、買い物に付き合ってもらっている友人に呆れられることもしばしばあった。

『丸トゥのパンプス、全体的にオフホワイトでヒール部分は5cmくらい。甲ストラップ付で、ボタンは木製のクローバーモチーフ。インソールは小花柄。やや幅広。長く立っていても足が痛くならず、駅の階段を駆け下りることができる程度の締め付け感。』

当然ながらこれだけ指定すると、お目当ての靴はなかなか見つからない。
いっそのこと靴職人にオーダーメイドでもしようか、と考えたこともあったけれど、それはなんだか違った。
『靴』にこだわっているんじゃない、『靴探し』にこだわっている。

雑誌をめくり、インターネットの通販サイトを探す。
ここかな、と目星のブランドを見つけては季節ごとに新作をチェックする。
それもいいのだけれど、やはり自分の足で探したい。
繁華街のファッションビルや、ショッピングモール、アウトレット。
渋谷、原宿、表参道、新宿も歩き通して探した。
上野や秋葉原かと思ってみたけど、見つからなかった。
行ける範囲のアウトレットはだいたい行った。
関東最大級と言われる巨大ショッピングモールも何周したかわからない。

足が勝負の買い物なので、探している時の靴はとにかく歩きやすさを重視したスニーカーだ。
コンバースのワンスター、ベルクロモデル。
白いレザーに大きな赤い1つ星。
履けば履くほどレザーがなじんできて、踵と爪先、甲のフィット感は抜群だ。
ヘビーローテーションをしているわりに、タフなソールがまさに質実剛健。
頼もしいもう一人の彼氏のような存在かもしれない。

高級レザーなだけあってスニーカーらしくない値段だったけれど、社会人になりたてのころ、給料を少しずつ貯めて買った別品だ。
スニーカー市みたいな限定イベントが当時横浜であって、男友達に入場チケットをもらって買いに行った。
高級な靴は大人になった証拠、大人への1歩をこれで踏み出す。
あれから大人になれたのかはわからないけれど、激動の20代を歩き抜いた私の足を守り続けてくれている。

そんな頼りになる彼氏を履きながら、今日も理想の靴探しをしている。
いつから始まったかは覚えていないが、もうかれこれ10年くらい経っている。
10年の間に歳もとって、代謝も少しずつ落ちてダイエットしても痩せなくなった。
10年前は内向的で人の顔色ばかりを伺っていたけれど、今はセールスマンに文句のひとつを言い返せるくらいに図々しく、ふてぶてしくなった。
10年前、一緒にコンバースワンスターを買いに行った男友達は恋人になり、婚約者を経て夫となった。

そんな10年を超えてもなお、リクエストの多いパンプスはいまだ見つかっていない。
でもきっともう、クローバーモチーフの木ボタンがついた小花柄のパンプスなんて似合わない
長く立つより座る場所を探すだろうし、まず駅を全力疾走なんてしないだろう。
きっと履かない、履けない。
探さなくていい。
それでもどこかショッピングモールの靴屋に並ぶパンプスに目をやってしまう。
「いつもの、あった?」
「ううん、なかった」
10年以上の付き合いになったコンバースのワンスターが話しかけてくる。

きっと私は気づいている。
この履きつぶしたワンスターが、私がずっと探していた靴なんだって。
大事だったのは靴や、靴探しという行為でもない。
靴探しをしている時間と、そのとき横にいた人なんだって。

『シンデレラはガラスの靴を落としてしまったけれど、靴を拾った王子様が靴に合う女性を国中で探し、シンデレラに再会することができました』

きっとシンデレラは自分にピッタリの靴を一度手放してしまったけれど、それを見つけてくれた人がいて、一緒に歩むことで理想の人生を見つけたのかもしれない。
もし理想の靴をどこかで見落としていたのなら、誰かが教えにきてくれたのだろうか――なんて考えて小さく笑う。
いや、そんな待ち人を待つよりも自分で探しに行ったほうが早いに決まっている。
いくら理想だろうとお気に入りだろうと、いくらガラスの靴をくれたのが王子様だろうと、靴を履いて実際に歩くのは自分なのだから。
そもそもガラスの靴なんて怪我しそうだ、と思って少しだけ笑った。

よかった、この質実剛健な靴を落とさないで。
よかった、あのとき一緒に出会えて。
よかった、時代を歩き続けられて。
よかった、これからも一緒に生きていける。


今、玄関にはワンスターが2つ並んでいる。


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