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【掌編】「人生で一度きりの誰も食べたことなんてないレシピ」/#2000字のホラー

今日も、私の食卓は映えている。

自分で作った料理を、KwitterにUPするようになって、1年。
元々食べることは好きだったけれど、作ること自体は苦手だったので、その記録くらいのつもりだった。
レトルトのものを使ったり、出来合いのものにちょい足ししながら、アレンジするのが楽しかった。

「お皿に出すだけでも食べられる。
でもちょっと足し算するだけで、カフェにいるような気分になれる。」

最初は、ぽつりぽつりと「イイヨネ」が付くのが嬉しかった。

始めて半年くらいした時に、ふと思い立って食レポ的に10秒程度の動画をUPした。「おいしい!」と思って食べていることを共有したくて。
それが思いがけずバズった。

それ以来、私のアカウントは一躍人気になった。

この間までは。

一度人気が出てからは、フォロワーは一気に20,000人を超えた。メインの呟きには万単位の「イイヨネ」。料理じゃない、ふとした呟きへのだって、4桁を下回りはしない。

「おいしそう!」
「食べてる顔が幸せそうでいい」
「めっちゃかわいい」
「こんなメシウマな恋人ほしい」
「むしろごちそうしたい、おーいしい!って言われたい!」

コメントも基本好意的だ。
たまにアンチっぽいコメントが付かないわけではないけれど、スルーできるくらいのものだった。

1か月くらい前にDMで本を出さないかという問い合わせが来た。
ちょっと小さな出版社だったけれど、ちゃんと実在して、少しずつ話が進もうとしていたところだった。

そこまでは順調だったのだ。

『人生で一度きりの誰も食べたことなんてないレシピ』
本の仮タイトルがそう決まり、表紙の写真撮りも小さなスタジオで行われた。

その次の日、なぜかその情報が、Kwitterに流れた。
それも巧妙に隠した悪意に満ちて。
強気に過ぎた書名と、オフショットのふざけた写真で、一気に炎上したのだった。

「こんなレシピ普通じゃん」
「盛りすぎ」
「写真キモ」
「AVかよ」
「オカズごち」

宣伝になればこそ、情報漏れは、先行情報となる。でもこんな形で炎上してしまっては……。小さな出版社だったことも災いした。書籍化の話は一時保留となってしまった。

今でも応援コメントが来ないわけではない。でもそれもすぐに言い争いのネタになってしまう。
もうKwitterの通知は来ないようにした。
閲覧用の裏アカウントを作って、メインアカウントは開かないようにしている。でも閲覧しているだけとはいえ、興味は似てしまうのか、時折、自分のメインアカウントやそこに関わる書き込みを見かけてしまう。

「最近UPないよね」
「さみしいな」

そんな優しい言葉に誘われ、久しぶりに覗いてみたり、新しい記事をUPしたりもした。
するとすぐにまた炎上。
報告してもまた別のコメントが、そこを荒らしに現れる。

疲れた

もうアカウントを閉じてしまおう。
そう思うたびに、あの高揚感が私を引き留める。
あれは麻薬だ。
世界中から肯定されるような多幸感は、きっとこれまでもこれからも味わえない。

そう、もう二度と味わえない。

アカウントが炎上してから、物の味がしなくなったのだ。

自分で作るものだけでない。
人気のお店の自慢のメニューでも、レビュー高評価のお取り寄せでも、どれもゴムを噛んでいるような、さびを舐めているような、泥でも飲むようなそんな味しかしない。

周りの人も、今では、私のアカウントのことも、そこで何が起こっているかもしっている。
バイト先に電話がかかってきたこともある。行きづらくて、一度無断欠勤して以来、行けなくなってしまった。

だから最近は家でこうして寝てばかりいる。

ぐぅ…

お腹が鳴った。
何も美味しいと思わなくなってからでも、それでも1日に1回くらいはお腹が空く。

何も作る気がしない。
食べる気もしない。

ストッカーを開けてみた。だいぶ前にお取り寄せで買ったレトルトのデミシチューが一袋あった。
味は結構おいしかった気がする。
ちょっと具が少なかったのが残念だった。

そうだ、具を足してアレンジしよう。
マッシュルームをたくさん入れて、彩りにブロッコリーを添えて。
メインのお肉は………
そうだ「人生で一度きりの誰も食べたことなんかない」ものにしよう。

それをUPして、このアカウントを閉じてしまえばいい。
永久に。

「ひさしぶり!今日は人生で一度きりの誰も食べたことなんかないタンシチュー!マッシュルームと玉ねぎをバターで炒めて、レトルトデミシチューを入れてあっためます!ブロッコリーはもうゆでてあるよ!お肉はこちら!」

真新しいキッチンバサミが、その顔の前でギラリと光る。
次の瞬間、真っ赤に染まった口から、ぼとりと軟体動物みたいな「それ」が、たぎる鍋の中に落ちていった。

ー----了

こちらの企画参加させていただきました。

現代の魑魅魍魎跋扈すると言えば、やはりSNSかな…と。
安直ですが。

ご覧下さり、ありがとうございました。

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