【エッセイ】君が怖いものを見ませんように
本日、13日の金曜日。
そう、ある一定以上年代の、ホラー映画ファンであれば、当然ご存知かと。
何年か前までは、“13日の金曜日”には、この作品を観ることが、連れ合いと私のお約束行事。
ただ今回は観ずに過ごすことに決めている。
なぜか。
怖いものに感情を惑わされたくないから。
思えば、以前はもっとホラー映画が好きだった。
特に連れ合いの方は、はっきりとホラー映画ファン。
今でも所蔵のDVDやBlu-rayには、ややレア目の作品が並んでいる。
それなのに、いつからだろう。
それらをあまり観なくなったのは。
私自身は、むしろ斜に構えてしまうことが増えた。
ホラー映画の裏に隠されたもの、みたいに考えてしまう。
ともすると、映像をほとんど観ずに語ることすらある。
スノッブ臭が自分でも鼻につく。
連れ合いはというと、もっと素直だ。
ホラー映画を観ると、必ずと言っていいほど、数日の間、悪夢を見るようになるそうだ。
若い頃はそうでもなかったそうだが、最近はその恐怖をまともに受け止めてしまうらしい。
お互い、防衛本能が過剰に働いているのかもしれない。
私は論点をずらすことによって、その眼前に迫る映像の恐怖から目を逸らす。
連れ合いは、体や無意識が、恐怖を感じ取り、不快さを夢で訴えられる。
若い頃は、映像で観た恐怖は、現実には襲ってこなかった。
だから怖くても大丈夫だった。
笑っていられた。
しかし私たちもそれなりに大人になった。
ゆえに本当に怖いものがあることを、実は知っている。
その全てを受け止めることなどできないことも。
だから、最近は、エンターテイメントの世界には、明るさを求めるようになった。
夢を見させてくれるもの。
シンプルなハッピーエンディングとは言えなくても、どこかに希望が見えるもの。
世界は素晴らしいと感じさせてくれるもの。
ホラー映画を否定するつもりはない。
あれは一つのエンターテイメントの形だし、素晴らしいジャンルのひとつだと思っている。
ただ今の私たちには、合わない。
そう言うことが少しずつわかってきた。
君に怖いものを見せたくない。
せめて自分でコントロール出来る範囲内でだけでも。
まやかしでも優しい世界を。
そのうちに、いつかまた、笑って、ホラー映画を観ることが出来る日が来るかもしれない。
その日までは封印しておこう。
君が怖いものを観ませんように。
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