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後世へ残される暴言 明治時代の野球批判

偉人に人権はあるのだろうか。
死後、世界中に日記を公開されたり、
細かい人間性が語り継がれたりする。
全てが素晴らしいものであればいいが、
偉人も人間である以上そうはいかない。
中には失言や過ちにもなる言動ですら、
しっかりと記録されていくことになるのだ。
僭越ながらそんな事例を紹介したい。


 旧五千円札の顔として有名な新渡戸稲造は野球に批判的な人物だった。

 明治44年、東京朝日新聞において連載された「野球と其害毒」というコラムにおいて、彼は野球を「泥棒の遊戯」として以下の発言をしている。

「野球は卑しい技術であり勇気がない。」
「常に相手を騙そうと神経を鋭くする遊びである。」
「ゆえに米人には適するが英人や独人には決してできない。」
「英国のラグビーのようにボールに齧りつく勇敢な遊びは米人にはできない。」

 当時の彼は『武士道』の著者として広く知られており、国際政治にも関わっていた。さらに、現在の東京大学教育学部の前身となる第一高等学校の校長を務めるなど、教育者としても強い影響力を持っていた。

 明治16年、彼が東京大学への入学試験時に面接官へ答えた有名な言葉がある。

「日本には日本の長所があり、西洋には西洋の長所があります。私はお互いの国の長所を伝え合い、世界の国々が仲良くし、ともに向上していくようにと願っています。」

 「太平洋の架け橋」として、日本と海外の思想をお互いに普及させていきたいという想いが面接官の心を掴んだ。

 そんな人物が、海の向こうからやってきた野球を大々的に批判していた事実は興味深い。人種批判とも取れる発言も見受けられ、かなりの嫌悪感を抱いていたことがうかがえる。米国の野球は長所ではなく、見下すべき短所と判断していたのだろうか。

 当時の日本では、野球と共に伝来した米国的な文化によるニュージェネレーションが誕生していた。自校の応援歌を熱唱しながら相手チームへヤジを飛ばす、噛み煙草を口に含んで茶色いツバを吐く、ファンからの金銭により日々豪遊する選手などが現れたのだ。

 時代背景も考慮する必要はあるが、日本人の道徳性を重んじ、国外へその魅力を発信してきた新渡戸だからこそ、野球によって米国化する世代に対して強いショックを受けたのかもしれない。

 彼は他にも、以下のような発言をしている。

 日本の野球選手は礼儀を知らない、外国人との試合においてヤジを飛ばして試合が中止になった。」
「『スポーツマンライク』とは礼儀正しいという意味だが、『運動家らしい』というと礼儀も知らぬゴロツキのように聞こえるのは日本人の品性下劣が原因。」

 しかし、この野球批判から4年後には夏の甲子園の原型となる大会が開始。大阪朝日新聞は野球への好意的な記事を増やすことによって、さわやかで誠実なイメージを構築していった。

 そして現在の高校野球は毎年の甲子園に注目が集まり、応援も含めて青春を代表する立ち位置を確立したといえる。プロ野球でも先月のWBC優勝だけでなく、整列やお辞儀などの「日本らしい」所作を含めて世界から称賛されたことは記憶に新しい。『武士道』の著者に批判されたスポーツの日本代表名が「侍ジャパン」であることは皮肉にも感じられる。

 新渡戸稲造が素晴らしい人物であったことは間違いない。それでも、「太平洋の架け橋」という名言を残したにも関わらず、スポーツや文化という立派な架け橋を破壊するような発言をしていたことには驚かされる。年を重ね、名声を手に入れるにつれて若かりし頃の志はどこかへ消え去ってしまったのか。それとも、野球を通じた単なる若者批判だったのか。

 この批判があったからこそ、現在の野球に対する誠実なイメージが出来上がったとも評価できるが、内容としては感情的になりすぎだろう。野球と日本人選手だけではなく、人種までも蔑むような内容は度が過ぎている。今の時代だったら大炎上では済まないだろう。教育者の発言であればなおさらだ。

 彼はこの批判以降も順調に出世を重ね、国連事務次長になりながらも数々の学校長に就任していく。それらの学校に野球部があったのか分からないが、強烈に批判した野球が世間で発展していく様子をどのように眺めていたのだろう。できるものなら聞いてみたい。




こちらは宣伝会議の「編集・ライター講座」の課題として今年の5月頃に書いたものです。

「偉人を評論する」というテーマで書いたのですが、中々難しかったのを覚えています。

おそらく多くの人が称賛の立場で書くという仮定から、講師の人に印象を持ってもらうため批判的に書こうと思ってスタートしました。

その中で誰を書こうかと考えた時、以下の本を思い出して取り上げることに。

この本、めちゃくちゃ面白いのでおすすめです。kindle unlimitedなら無料なのでぜひ。

肝心の講師からの評価は「後半のリズムが崩れる」といった内容でした。確かに、そこは自分でも薄々感じていた部分。さすがプロですね…

それ以外は概ね悪くなかったような語り口だっただけに残念でした。

それにしても、全員「偉人の論評」というテーマで書いているのに取り上げる題材、内容が当たり前ですが本当にバラバラで面白かった。

こんな機会は今後そうそうないと思うので、貴重な経験だったなーと思い返しています。

とりあえず、明日から甲子園始まりますね!

新渡戸さんも応援していますでしょうか??

出場校の皆さん、体調気をつけて頑張ってください。

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