100点のマンションの名は。
子どもの頃、勉強がとても苦手だったからか、今でも100点を探し歩き、見つけたら「おめでとう、100点」と思わず言いたくなってしまう。
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高校生の時、友達が自転車に乗ったまま頭から田んぼにダイブしたことがあった。
友達が走っている道の先だけが田んぼに続いていて、それに気が付かなかったのだ。
僕と会話しながら田んぼにダイブしていく様はあまりに自然で、夕日に照らされたその姿は、まるで映画みたいだった。
田んぼに落ちた友達を助けるより先に「おめでとう100点」と思った。
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一人でカフェにいても、100点が僕の肩を叩くときがある。
右後ろの席からカップルの声が聞こえてきた。
女「ねぇー、今日何がたべたい?」
男「ビーフストロガノフ一択で」
ビーフストロガノフ
ビーフストロガノフ
ビーフストロガノフ
ビーフストロガノフ
ビーフストロガノフ
ビーフストロガノフ
ビーフストロガノフ
ビーフストロガノフ
ビーフストロガノフ
"100点センサー"が反応する。
この絶妙な響きの返し、おめでとう100点。
僕ならハヤシライスと答えてしまう。60点。
頑張ってハッシュドビーフだ。70点。
しかも"ビーフストロガノフ一択"なのである。
ビーフストロガノフと答えられる男は迷わない。決断力にも長けているみたいだった。惚れた。求愛を申し込もう。
それ以来、今日、何が食べたい?と聞かれると、僕も「ビーフストロガノフかな」と答えるようにしている。
彼女に「おめでとう100点」と思われたいからだ。
しかし、"ビーフストロガノフ一択で"はまだ言えていない。
決断力に自信がない、僕には胆力が足りていないみたいだった。
65点。
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こんな風に、100点は僕の目の前をふいに通りすぎ、掴もうとしてはすぐ離れていく。
だから見逃さないように常に"100点センサー"を張っておかなければならない。
最後に100点を掴んだ親友・まさやの話をしよう。
2年前、まさやは仕事のストレスから体調を崩してしまった。
転職をし、それを機に引っ越しをすることとなった。
彼はいつも前を向いていて、せっかくだから転職祝いをしようと、最寄り駅で待ち合わせをし、一緒にまさやの新居へ向かうことになった。
まさや曰く、前の家はとにかく陽当たりが悪く、そのせいで気も病んでしまったんだと話してくれた。
だから、今回引っ越しをする際、不動産屋で、一つだけ条件を付けた、と言った。
それは「この町で一番陽当たりの良いマンションに住みたい」ということだった。
他のところはなんでもいい、でもここだけは譲れない、と彼は言った。
そしたら無事に良いところが見付かったんだよー、マンションの名前なんだったと思う?
まさやは言った。
「えー、なんだろう。陽当たりの良さそうな名前ってことやんね?太陽、とか?」
「あーそんな感じそんな感じ。でもカタカナかな」
「じゃあファイアーは?」
「火事なってるやん。暑そうやけども、縁起悪いからあかんな」
「そうか、それならサンでどうだ」
「さっきの太陽に引っ張れ過ぎ、太陽は一回忘れて」
「じゃあサンライズ?」
「ちゃうねん、サンでもサンライズでもないねん」
「えっ、てことはライジングサンでもないってこと?」
「いやそういうのいらんねん、ほんまはよ当てて。もうマンション着いてまうわ」
「うーん、そうやなぁ……」
結局、そうこうしているうちに当てられないままマンションの前まで着いてしまった。
ビビビ。
"100点センサー"が反応する。
そうか、そうきたか、僕はマンション名を見て思わず吹き出してしまった。
この町で陽当たりが一番良いマンションの名は、
「フェニックス」
おめでとう、100点。
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そういえば5年前にもまさやについて書いたことがありました。ネタ提供ありがとう、君はいつも100点。
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大学生の頃、初めて便箋7枚ものブログのファンレターをもらった時のことを今でもよく覚えています。自分の文章が誰かの世界を救ったのかととても嬉しかった。その原体験で今もやらせてもらっています。 "優しくて易しい社会科学"を目指して、感動しながら学べるものを作っていきたいです。