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鬼気迫る金魚すくいが聞こえるかい

金魚すくいをやったことがある。

お客さんとしてではなく、屋台のおっちゃん側だ。

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ある時、小学生の3人組がやってきた。

話を聞くと、小学1年生、3年生、4年生の3兄弟だという。

この3兄弟は金魚すくいをやるでもなく、15分間、ずっと金魚の目の前に居座り、何やらお互いの耳元でこそこそ話をしていた。

たまにずるをして金魚を盗もうとする子どもがいたので、今回もそういう輩かもしれないと警戒していると、

何やら神妙な面持ちで、3人がお互い目配せをし、しばらくして「よし」と頷いた。


「お前たち、いくら持ってる?」


長男が言った。

3人はポケットからなけなしの小遣いを持ちより、手を開いた。

3人合わせてちょうど300円だった。

金魚すくいは1回300円。

今度は笑顔で「よし!」と長男は言った。


なんとこの3兄弟は金魚すくいをやるかどうかで15分間も悩んでいたのである。

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すると今度はじゃんけんが始まった。

じゃんけんの勝者が一つのポイを託されることとなった。恨みっこなしだ。

すぐに雌雄は決した。

勝ったのは、小学1年生の三男だった。

勝者の雄叫びと断末魔の悲鳴が聞こえた。

こんな真剣で懸命なじゃんけん見たことがない。


長男と次男はやっぱり俺にやらせろよと言うこともなく、「がんばれよ」「絶対取ってくれよな」と三男の背中を押した。心からのエールが送られた瞬間だった。

「兄ちゃん、僕、がんばるから」

三男が言った。


あらためて言うが、これは、

1点ビハインドで迎えた最終回、ツーアウト満塁で最後のチャンスを託されたバッターの話ではない。

金魚すくいでの話である。


この3兄弟の姿があまりに微笑ましくて、いてもたってもいられなくなった。

心を打たれた僕は300円を受け取り、ポイを渡すときに「こうこうこうすればうまくすくえるから」「がんばれよ」と思わず声をかけてしまった。

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結局、小学1年生の三男がしっかりと金魚をすくえたかどうかは不思議と覚えていない。

しかし、金魚すくいをしていた時間は1分にも満たなかったが、あの熱を帯びた一瞬は間違いなく子ども達とともに僕自身もハラハラしながら一心不乱に楽しんでいたことだけは覚えている。


がんばれよがんばれよがんばれよ。

ゆっくりな、慎重にいけよ、絶対に取るんだぞ。


_______

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今年の夏は、いや、今年の夏も、金魚すくいはできそうにないだろう。

夏が近づくにつれて、あの白熱したじゃんけんやなけなしの全財産を三男にゆずる兄弟愛、そんな鬼気迫る金魚すくいのことをぼくは思い出さずにはいられなかった。


あのとき連れてかえった金魚は今でも元気にしているだろうか。

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大学生の頃、初めて便箋7枚ものブログのファンレターをもらった時のことを今でもよく覚えています。自分の文章が誰かの世界を救ったのかととても嬉しかった。その原体験で今もやらせてもらっています。 "優しくて易しい社会科学"を目指して、感動しながら学べるものを作っていきたいです。