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「正しさ」の無力さと「バカになる」強さ

みなさんこんにちは。半袖必須の夏のような日と、羽織物必須の秋のような日をかき混ぜながら、優しい雨の気配を感じることの増える5月です。
いかがお過ごしですか。

私は毎日人間としての胆力の足りなさを感じています。

先日9歳の息子・Sくんと公園で口論になりました。
妹(7歳のWちゃん)のインラインスケートの左右の靴を分け合って、二人で滑って遊んでいたのですが(インラインスケートが我が家に一足しかないから)、「たまには右側の靴を履きたい」とWちゃんが言うので左右を交換したのです。
そしたら「僕は右側の靴しか履けない。左は履きたくない!!」と怒り出すSくん。

「でもこのスケートはWちゃんがクリスマスにもらったWちゃんのものだよ」
「それでも左はうまく滑れないから履きたくない!!」
「左の練習だと思って履いてみたらいいじゃん」
「いや!!この間練習してもダメだった!右の靴がいい!!」
「でもこれはそもそもWちゃんのものだよ。貸してもらってるんだよ?」
「Wちゃんに言って!!右を貸してって!交換してって!」
「自分で丁寧に頼みなさい」
「イヤ!!!」

公園の片隅で交わされる押し問答。インラインスケートの左右どっちを履くかと言う本当にどうでもいいことでヒートアップしていく親子。
Wちゃんは右側の靴を履いて少し滑った後、S君が左の靴を拒否しているのを察して困ったようにこっちを見つめています。

わたしは「Wちゃんが貸してくれている靴で文句を言うS君が間違っている」という考えをどんどん大きくして、

ここで彼の要求に屈したら、駄々をこねればワガママが通るということを学んでしまってよくない
妹に丁寧に『貸してください』とお願いできないのは、年下の者に頭を下げられないプライドばかり高い男になってしまってよくない

と、まるで正義の代弁者のような気持ちを両肩に乗せて、ニコリともせずS君の正面で一歩も引かない構え。

S君も引きません。
「せっかく公園に遊びに来たのに最悪!」と泣き出します。
泣くことでこちらが折れると思われても困るとばかりに、私はますます両肩の正義を大きくして
「ほんとだよ。妹にお願いすればいいだけなのに、それもできないならスケート借りる資格ないよ。もう帰ろう」

と氷のような言葉と顔。
結局インラインスケートで十分に遊ぶこともないまま帰宅することになりました。
帰宅しても、どうするのが正解だったかわからない。
S君の素直じゃない姿勢と頭を下げられない意地のせいだという気持ちは消えず、夫に話をしました。

「公園でこんなふうに口論になって、S君が本当に意地っ張りだったんだよ」

夫は「ああ〜」と困ったふうに笑って言います。

「君って男の子に厳しいよね」

え?なんて?
私が男の子に厳しい?

「それはS君が悪いね」と言って欲しかった私は肩透かしを食らって、両肩に乗った正義と顔を見合わせました。

私が正しい、私の道理の方が合っている。
それを補強してもらいたかったのに、夫から見たら話はそうじゃないのかもしれない・・・。

要求を飲めばよかった?WちゃんとS君の間を取り持てばよかった?どうするのがより良かったんだろう?

洗面所に立ち、鏡に映る自分の怖い顔と目が合います。
肩の上に乗せた正義もこちらを見ています。
「でも私が正しいし・・・」その思いは変わりません。

違う部屋から笑い声が聞こえます。
宿題をしなきゃならなくて机についている子供たちが笑っています。
私が「宿題しなさい」と圧をかける時は決して聞くことのない、ケタケタ屈託のない笑い声です。

さっき公園で地獄みたいな顔をしていたS君も笑っています。
夫が勉強を見てあげているのですが、そのやりようが私と全く違うのです。

一言で言うと「バカになる」。

二桁の足し算「22+13」の問題に「これは、うーんと100にしかならないじゃん?」とパパが言うと、子供たちは「ちがうよ!!えーと・・・35だよ!!」とケタケタ笑って一生懸命パパに教えようとするのです。

「算数なんかやりたくないよ!!」と子供が突っぱねても「あっ、そんなに国語がしたいの?わかったわかった特製プリント10枚ね」とニコニコ矛先を変えてどんどん量を増やしていき、子供たちはいつの間にか「口答えした方が条件が悪くなる」ということを学んでいきます。

完全に間違ったことをあえて言ったり、踊りながら歌いながら時には子供を抱っこしながら笑わせて、悲しい気持ちやきつい気持ちを逃すことをできる夫。
それを見ていると「本当に賢い人はバカになれるんだ」ということに気がつきます。


いろんなことが思う通りに行かなくて子供が泣く時、泣かれた方も困るし憤りも感じます。
でも冷静に考えたら、より困っているのは子供の方です。本当は助けて欲しいのです。

正義みたいな固くて強いものを武器みたいに持って決して手放さなかった自分は、子供から見たら冷たい鬼に見えたでしょう。

「じゃあどうしてほしいの?!」と怖い顔してきつく問い詰めても、元の問題も解決してないのに新たな恐怖を与えるだけ。怖いし悲しいし誰もわかってくれないし、そりゃあもう泣くしかないのです。

優しくも面白くもなく正しいことしか言わない人間の、なんと話の通じないことか・・・・。

「こちらの声を届けるには、まずは笑わせること」
そうとでも言うように子供達の前でおどけて笑わせている夫は、「正しさ」という強い武器を決して使いません。「こうするのが正しくて普通!」みたいなことをまるっきり言いません。

勉強の圧力を弱めはしないけど、勉強の時間を嫌いにはさせない工夫、辛くて逃げたい気持ちのガスを抜く技術、「これ終わったら肩車してあげるよ」などストレスを逃すスキンシップを丁寧に積み上げているのがわかります。

一緒に椅子に座って勉強を見てあげる丁寧さ(逃げるから)

まだ自分の力が弱くて、言葉もうまく使えない小学生相手に大事なことは、怒ることや正義を押し付けることじゃなくて、本当は助けて欲しいのは子供の方だということをわかることかもしれません。

まずは自分の感情を自分で整理できるように大人になりたい。
そしていつもバカなことをして笑わせることができるように、「正義」は背中に隠してボケの技術を学んでいきたいです。


先日公園で遊んでいた時何故か着けていたメガネを無くしたんですが、そういうボケじゃない方のボケを。(メガネは見つかっておりません)

P.s.最近友人がもう使わなくなったから、と新しいインラインスケートを譲ってくれて、無事我が家に二足インラインスケートが揃いました。だけど普通に両足に履くことをしない兄と妹は、お互い右の方の靴だけを履いて楽しくスケートを楽しんでいます。なぜ!

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