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【小説】僕の特等席

「席替え」は、クラスの一大イベントだ。

中学3年生になった僕は、そのことを小学校の6年間でも経験してきたし、中学校に入ってからの2年と2カ月の間でも経験してきた。

席替えが決まった時に聞こえてくるのは、大体、「後ろがいいなぁ」というつぶやきや、「えええ、離れたくないよー」と、言い合う仲のいいグループの人たち同士の会話。

既にいい席にいる人は、「まじかよー、席替えしたくない」と言う。

そんな中で先生は、席替えを進めていく。教室の騒がしさが関係ない、筋の通った声で話す。

「席替えをするぞ!クジ作るから、引いていってな!」

このクラスは、2年生から3年生に上がる時クラス替えがなかった。そして、担任の先生も変わらなかった。

学級委員も2年連続で同じ2人が務めている。だから、席替えの準備も滞りなく進んでいった。

うちのクラスは基本的には、くじ引きで席が決まる仕組みだ。

くじを引いていい席だった人は、ガッツポーズをする。ダメだった人は大きな声を上げるし、周りの友だちにからかわれる。そういうのが、席替えでよく見る風景だ。

そして、大抵の場合みんなが喜ぶのは後ろの席を引いたとき。後ろこそが最高。そんな考えがきっとあるんだと思う。

僕はいつも、その一連の流れをぼーっと見ている。他人事みたいと思うかもしれない。でも実際そうなのだ。

僕は視力がよくない。だから、基本的には1番前の席にしか座れない。そして当たった先生が悪かったのか、教室に6列ある中でも、いつも真ん中の列の席に固定にされてしまう。

つまり、僕に席替えはないし、いつだって定位置は教卓の前だ。

そこに僕の決定権はない。いや、実はあるのかもしれない。ただ、反抗したことがない。

「今回も真ん中でいいな?」

先生は僕にいつもそう聞く。だから、「はい。大丈夫です」と答える。それで僕は、真ん中の席からいつも動かない。

2年生の時もそうだったし、3年生の今もそうだ。不自由というのが、周りから見た時の印象かもしれない。

実際友だちからは、「お前また1番前かよ、ドンマイ」と、肩を叩かれる。初めの方は、「後ろの席いいな」と返していたけれど、だんだんとそうも思わなくなった。

実のところ、僕は前の席が好きだし、むしろここから動きたくないとすら思っている。

意外に思うだろうか。前なんて不自由なことばかりじゃないか。そう思うのも無理はないと思う。僕だって、このクラスじゃなきゃ嫌だった。

僕のクラスにはもう1人、視力がよくない人がいる。

その人と初めて隣の席になったのは、クラス替えをして2年生に上がった最初の頃だった。

運悪くというか、クラス替え後の初期配置で、僕は1番後ろの席になってしまった。

視力のよくない僕は、後ろじゃ黒板の文字は見えない。だから初日、先生に「席を前にしてください」と伝えに行った。その時、その子も同じことを先生に伝えていた。

結局、翌日先生は席替えをしてくれることになった。それで、視力のよくない僕とその子は真ん中の1番前に配置された。それが、その子と関わり始める最初の出来事だった。

隣の席になってその子を見た時、僕は大人しそうな女の子、と思った。

黒縁のメガネをしていて、肩に届かないくらいのショートカット。髪は綺麗なストレートだった。艶があって、光にあたると少し反射するような、本当にきれいな髪だった。

前髪は眉のところで、一直線になるよう切りそろえられていた。その下にあるのは、大きすぎない二重の目で、少し垂れた目尻から優しさが滲み出ていた。

この席替えの時は、ただ一目見てそう思っただけで、別段会話も何も交わさなかった。

その子と話すようになったのは、授業で行われるペアワークでその子と組むようになってからだった。

はじめは、先生の指示通り、英文で質問し合ったり、問題の答え合わせをし合ったりするくらいの関係性だった。

けれど、そういった細かなペアワークの中で僕らは確実に仲良くなっていった。席替えがあっても、席は変わらなかったから、仲が深まることはあっても、距離が離れることはなかった。

隣になって、彼女のことをよく知るようになった。

彼女は真面目そうに見えて、意外と宿題を忘れてくる。その度に僕は、彼女に宿題を見せた。

「ありがとう」を微笑みながら言う彼女を見る度に、「宿題やってきなよ」なんて言う気は生まれてこなかった。

今思えば、伝えるべきだったのかもしれない。彼女はだんだん宿題をやらなくなってきたのだ。でも、言えなかった。

彼女は絵がうまい。宿題をやってこない代わりにいつも、絵を書いてきた。昨日見たアニメのキャラクターのイラストだったり、家で飼ってる猫の絵だったり、習字の先生の似顔絵だったり。

どれもが似ていた。

知らないアニメの時もあったし、彼女の家の猫なんて見たことも無い。ましてや、習い事の習字の先生なんて少しも知らない。なのに、そう思わせるうまさがあった。

宿題の代わりに書いてくるこの絵を見るのが楽しみだったことも、宿題をやってきなよ、と言えない理由だった。

時折休み時間にも、彼女は絵を描いていた。その時の彼女の横顔は真剣で、真っ直ぐな視線は全て紙と絵に注がれていた。その横顔に見とれてしまう時もあった。

でも、視線に気づかないくらいに彼女は絵に集中していた。ただ、こういう時1番前の席は不都合だった。この席でジーッと横の席を見ているのは、何かと目立ってしまうのだ。

だから僕はいつもさりげなく横を見るようにした。教科書を彼女の側において、教科書を見ているふりを装って、顔は動かしすぎずに目線だけ動かしてその姿を見ていた。

たぶん、バレてなかったと思う。

1年の時を経て、いつしか僕は彼女が気になるようになった。それから、好きだと自覚をするまでに、時間はかからなかった。

今日も席替えがあった。

みんなが一喜一憂している。隣の席を見ると、彼女は机に突っ伏して寝ている。同じく席の変わらない彼女にとって、この時間はフリータイムなのだ。

慌ただしさのある教室の中で寝ている彼女を、僕は自習するフリをして横目に見ている。

少しだけ寝顔が見えてしまう。気持ちよさそうな表情の寝顔だった。

僕は落ち着いている。この席が取られることがないことに、安心している。

きっとみんなは知らない。この教室で1番の特等席は、教卓の目の前にある僕の席だということを。

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