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最近の【ほぼ百字小説】2024年5月13日~5月24日

*有料設定ですが、全文無料で読めます。

【ほぼ百字小説】をひとつツイート(ポスト)したら、こっちでそれに関してあれこれ書いて、それが20篇くらい溜まったら、まとめて朗読して終わり、という形式でやってます。気が向いたらおつきあいください。

5月13日(月)

【ほぼ百字小説】(5204) 砂漠のどこかに目に見えない階段があって、それを使えば昇っていけるが、使えるのが猫だけなのは、そもそもこの世界が猫のトイレとして作られたから。トイレに発生した余計なものをどこまで許容してもらえるのやら。

 猫もの、というか、神話もの、かな。この世界がどうしてこうなっているのか、というのがたぶん神話の始まりで、それはSFにつながってるんでしょうね。だからまあこれは、SFでもあるのかな。砂漠がなぜあるのか、そしてなぜ砂漠化が止まらないのか、みたいな疑問への答えとしての神話としてはなかなかいいんじゃないでしょうか。

【ほぼ百字小説】(5205) 長かった工事が終わりに近づいて周囲を覆っていたシートが取り払われ、ガードレールだけになった。ランドセルを背負った男の子が、ガードレールから身を乗り出すようにして工事現場を見つめていた。いいものを見た。

 見たまんまの日記です。すぐ近くの小学校があって、通学の途中でしょうね。ひとりでものすごく熱心に見てた。好きなんでしょうね。

5月14日(火)

【ほぼ百字小説】(5206) 尻尾は食べるもんじゃないよ。いや、おいしい、おいしくない、とかじゃなく。ほら、こうやって植えておくと、また尻尾から再生して一人前になるんだ。諺にもあるだろ、フライの尾はフライに、天ぷらの尾は天ぷらに。

 私は尻尾を食べます。でもおいしいとは思わない。食べられるから食べる、くらいですね。どっちでもいいと思いますけど。そしてここは自然界のバランスが崩れた、じゃない、食べない理由がある世界です。だから、それに関する諺もある。架空の諺っていいですよね。これはどういうことを言ってる諺なのかはわかりませんが。餅は餅屋、みたいな感じかな。

【ほぼ百字小説】(5207) 地上にも天使の通路があって、天使は通路を低空で飛行する。そんな通路の交差点には天使の衝突を避けるための信号があるが、人間がそれを信号と気づくことはない。まあ何らかのサインを受け取ることはあるらしいが。

 天使の話。天使で一冊、まとめようと思ってます。これはそれを組み立てながら、ちょっとこういうパーツが必要になって書いたやつ。なんとかこれではまると思うんですが、さて、うまく組み上がりましたらおなぐさみ。まあそれはそれとして、何かから人間が勝手にサインを受け取ってしまう、というのは「あるある」でしょうね。

5月15日(水)

【ほぼ百字小説】(5208) 落としたと思っていた財布が家の中で見つかって、天にも昇る心地。でも同時に、何も与えることなく人間を幸せな気分にして感謝させるのはなんと簡単なことなのだろう、と実感できて、天にも昇る心地の中で怖くなる。

 このあいだあったこと、そのまんま。これがねえ、全部入れてたやつなんですよ。免許書も保険証もカードも、うわあえらいことになった、と警察に届けを出して、まいったな、ややこしいなあ、と落ち込んでたところに、思いがけないところから見つかった。普段やらないことをその日に限ってやってたことに気が付いて、もしかして、と思って見たらあった。そしてこんなことを思ったわけです。いちど奪ってから返してやれば、人間はそれだけで大喜びして感謝する。怖いなあ。

【ほぼ百字小説】(5209) 捕獲された猫と金網越しに対面する。金網で隔てられてはいるが、もちろん安心はできない。猫は液体でもあるのだ。どんな隙間でもすり抜けて、どんなところにでもすんなり入ってくる。それが心の隙間なら、なおさら。

 まああれですね、レクター博士の猫版。空き地の金網越しに猫を見ることが多くて、そこからの連想、というかそういうのを書いてみたくなっただけ。猫は貫禄ありますからね。こっちの考えとか全部見透かされてるような気がする。

5月16日(木)

【ほぼ百字小説】(5210) どこからかラッパの音が聞こえる。天使のラッパという感じではなく、豆腐屋のラッパ。もうそんなものはないだろうから、それに似た何かか。なんにしても黄昏にはぴったりで、これはこれで世界の終わりによく似合う。

 世界の終わりと言えば、天使のラッパ。まあそういう話も書きました。そのラッパが吹けないので世界が終わらない話。これは、ラッパはラッパでも豆腐屋のラッパが聞こえてくる。もう今はそんなのないですね。私の子供の頃はありました。晩御飯の準備をしている時間に聞こえてくるラッパ。黄昏のラッパ。


【ほぼ百字小説】(5211) いや、人魚じゃないよ。ほら、下半身の魚の部分、目も口もあるだろ。言われてみればたしかに。口を開けた大きな魚が人間の下半身を呑み込んでいる、というのが人魚の正体か。肩まで呑まれてたら人面魚に見えるとか。

 ウルトラQの海底原人ラゴンのことを考えてて、そこからの連想。ラゴンは半漁人みたいな感じですが。どうなれば下半身を魚にできるか、とか。このやりかたなら、いちおう下半身は魚ですね。そして魚からの連想として人面魚。

5月17日(金)

【ほぼ百字小説】(5212) 蒸し器なんかめったに使うことはなかったのに最近出番が多いのは、娘が朝食に自分用の茶碗蒸しを作るから。回転寿司で食って以来、そうなった。思いがけないことは思いがけない形で起こる。蒸し器も喜んでいるかも。

 日記。そして、娘観測もの。朝から茶碗蒸しぃ? という感じです。こんなことは想像できない。世界はセンス・オブ・ワンダーで出来ている。


【ほぼ百字小説】(5213) 子供の頃、たしかに見た。ブラウン管の四角い光の中に、たしかにいて、たしかに見えたのだ。今、同じ映像を見てもそれは見えないが、見てしまったものを今さら見なかったことにはできなくて、だから今もここにいる。

 こないだの犬街ラジオで言ってたこと、というか、いつも言ってる。子供の頃、現実と虚構の境界線がぐらぐらのときにウルトラQを見た、というのはそういうことだったと思うんですよ。ウルトラQに「鳥を見た」という話がありますが、そんな感じ。なんかすごいものを見てしまった、という体験だけが残ってる。大袈裟でもなく、一種の神秘体験とか宗教体験みたいなものだと思います。実際、それで将来が決まってしまったわけだし。

これです。1時間13分あたりのところから、そんな話をしてます。

5月18日(土)

【ほぼ百字小説】(5214) 近所でいちばん空が広いところで工事が始まり、もうすぐ空が広いところではなくなってしまうな、幼かった娘とよく月を見に来たりしたものだが、とすこし寂しい気分になったが、まあそれは空とは関係のない地上の話。

 うちの近所には空き地がけっこうあって、中でもいちばん広い空き地のことは、【ほぼ百字小説】にも繰り返し書いてます。月も火星もよく見えた。空き地が無くなる、というのはなんだか不思議ですね。無いものが無くなるんだから。

【ほぼ百字小説】(5215) 近所でいちばん空が広いところだが、昔からそうではなくて、前はごちゃごちゃ入り組んだ路地だったのが丸々更地になり、野原みたいになったそこに今度また何かが建つのだ。頭の中の同じ場所も同様にそうなる不思議。

 ということで、その続き。そう言えばあの空き地も最初から空き地だったわけじゃなかった、とかあれこれ思い出して。そしてこの記憶も更新されるんだなあ、とか。

5月19日(日)

【ほぼ百字小説】(5216) かつてここには、そんな形状の二足歩行の生き物がいて、ヒトと暮らしていた。なぜ彼らがいなくなったのかわからないまま取り残されたヒトは、まだ彼らがいるかのように同じ形状のものを作った。鳥居と呼ばれている。

 鳥居の話。鳥居の起源には諸説あって、確定してないようです。鳥居は絵になりますよね。いろんな景色の中に鳥居があると、なんかすごく風景が締まる気がする。ということで、その鳥居の起源。鳥居、二本足の生き物説。

【ほぼ百字小説】(5217) 後ろ姿の猫がいる。特徴のある毛並みで、見かけるとすぐにその猫だとわかるが、なぜか後ろ姿しか見たことがないのだ。常に遠ざかっていく姿でしか観測されないそれは、この宇宙が膨張している証拠のひとつなのかも。

 猫宇宙論、というか、猫宇宙論妄想。まあ宇宙の膨張に伴う赤方偏移ですね。家と家の隙間で、馴染みの猫の後ろ姿を見たときに。後ろ姿しか見ることができない猫、というのはアイデアとしてなかなかいいと思う。

5月20日(月)

【ほぼ百字小説】(5218) 毎日のように歩いている道なのに、少し早めの時間に歩くだけでまるで景色が違っている。普段は見ることのない流れやリズムがいたるところにある。景色を作っているのは通行人なのだなあ、とつくづく思った通行人1。

 こないだあったこと、そのまんま。まあ当たり前のことですが、ちょうど通学時間帯だったもので、それはもうとんでもなく違ってて、ちょっとびっくりした。ほんと、通行人の役割は大きいですね。映画でも演劇でも現実でも。

【ほぼ百字小説】(5219) 鉄道の高架とその柱によって四角く切り取られた夕暮れの空と町並みは、なんだかスクリーンに投影された風景みたいで、そのほぼ同じ時刻、すこし離れた町では映画の中みたいな虹が出ていた、ということを後で知った。

 日記です。これもあったことそのまんま。最近どんどんそんな率が増えていってる気がする。いや、気のせいではないか。五千も書くと、だいたい思いつくようなことは全部書いててしまってて、それでも書く、となると、本当にあったことそのまんまということになってしまうんでしょうね。それはそれでなかなかおもしろいんじゃないかと思う、というか、今はそのほうがおもしろいんじゃないかと思ってます。だから書いてるわけですけどね。書くことに困ることもないし。

4月21日(火)

【ほぼ百字小説】(5220) いつもの店のいつもの席だが、今日は隣の席で別れ話が。いや、あちらでもこちらでも、もしかしたら全席で別れ話が、とわかるのは、たぶん他所から聞こえる別れ話に興奮してどのカップルも声が大きくなっているから。

 これはさすがに本当にあった話ではないです。でも、隣で別れ話、とか、異様に深刻な話、というのは、喫茶店あるあるですよね。マクドナルドでもある。よくそんな話をこんなところで、と思う。だから、確率によってはこんなこともあるかも。そして、そういう話に聞き耳を立てる者としては、たぶんそんなときでも隣のそんな話は聞いてしまうだろうと思う。

【ほぼ百字小説】(5221) 授業中、教科書の隅を小さな四角で囲ってその中に花札のような小さな風景をよく描いていた。丘とか月とか海とか川とか森とか谷とか雲とか。結局、あいつは今も自分で書いた四角い枠の中で同じことをやっているのか。

 もちろんこれのことですね。なぜそんなことしてるのかわからないまま、そんなことしてました。できるだけ簡略化して、図案みたいな風景を描いてた。考えたら、今やってるのはそれですね。三つ子の魂百まで、みたいな話でもある。三つ子の魂百字、ですね。

5月22日(水)

【ほぼ百字小説】(5222) 草が歩いている。あの空き地が更地になる前に移住するのか。道路脇の植え込みやら道端の溝の中やらに根を下ろそうとしているが、まだ安住の地は見つかってないようだ。ほとんどが四足歩行だが、たまに二足歩行のも。

 空き地に草っ原があって、こんもり盛り上がったそれが、なんか動物みたいに見えた。まあそれだけで書いた話。動く植物のイメージには惹かれますね。

【ほぼ百字小説】(5223) 木が歩いている。突然切り倒されることに決まったのだ。公園を出れば、役所内で管轄の押し付け合いになり実行されないとか。街路樹も加わりさながら森。森が動かぬ限りこの町が滅びることはない。魔女が笑っている。

 草の次は木、ということで、木が動き出す理由としての、いわゆる「木を切る改革」。そして動き出した木とくれば、マクベスのあれですね。これはなかなかいいと思う。マクベス好きなんですよ。

5月23日(木)

【ほぼ百字小説】(5224) また黒い花だ。最近よく見る。黒い花には黒い虫がとまっている。黒い花の周りは、他の部分よりすこし黒い、いや暗いのか。こんなふうに世界はすこしずつ暗くなるのか。もうすこし暗くなれば、黒い花も見えなくなる。

 黒い花ってありますよね。このあいだ近所で見て、なんという花かしらないけど、真っ黒でかっこいいなあ、と思って。あれで夜が作れるんじゃないか、とか。

【ほぼ百字小説】(5225) ひさしぶりに皆で集まったが、ひとり足りないのは、遅れているのではなく、ひと足先にあの世へ行ってしまったから。つまりこれは、集まっているというより待合室で呼び出されるのを待っているみたいなものなのかな。

 昨日、ひさしぶりにハナノべの連中で集まりました。ハナノべ復活会議です。ということで、8月3日に繁昌亭でやります。これから集まるたびに、小林泰三さんがいないことを思うんだろうなあ。小林さんも復活してくれたらいいんですけどね。まあ小林さんが書いたネタは残ってる。それもまたやるでしょう。

5月24日(金)

【ほぼ百字小説】(5226) 屋根が吹き飛ばされて以来、物干しは夏日には灼熱になるので日よけシェードを張ったのだが、今朝見ると、当たり前だが亀がこれまでとは違うところで甲羅を干していた。亀はこの世界の変化をどう捉えているのだろう。

 あったことそのまんまのそりゃそうだろう、な話。このあいだ張って、これは張った翌日ですね。だいたいいつも同じところで甲羅を干してたんですが、そこに薄く影が落ちるようになったんですね。まあそうなったら場所を変えるのは当たり前ですが、こういうのって亀はどう思っているのか。人間が天文現象を不思議がったりするようなものかも。

【ほぼ百字小説】(5227) いつもの路地だが、このあいだまで日向ぼっこしていたところではなく今は日陰にいて、ちょうどいい冷たさであろうコンクリートの上にぺたりと寝そべっていた。猫はいつも快適な場所を知っている。猫の地図が欲しい。

 同じ日の猫。ほんとについこのあいだまで気持ちよさそうに日向ぼっこしてたんですけどね。気候の変動が激しい。そして猫はちゃんとそういう中で、快適な位置を占めている。なかなか大したもんです。まあ亀は亀で変温動物らしく、うまくやってますけどね。

 ということで、今回はここまで。

まとめて朗読しました。

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 【ほぼ百字小説】(5204) 砂漠のどこかに目に見えない階段があって、それを使えば昇っていけるが、使えるのが猫だけなのは、そもそもこの世界が猫のトイレとして作られたから。トイレに発生した余計なものをどこまで許容してもらえるのやら。


【ほぼ百字小説】(5205) 長かった工事が終わりに近づいて周囲を覆っていたシートが取り払われ、ガードレールだけになった。ランドセルを背負った男の子が、ガードレールから身を乗り出すようにして工事現場を見つめていた。いいものを見た。

【ほぼ百字小説】(5206) 尻尾は食べるもんじゃないよ。いや、おいしい、おいしくない、とかじゃなく。ほら、こうやって植えておくと、また尻尾から再生して一人前になるんだ。諺にもあるだろ、フライの尾はフライに、天ぷらの尾は天ぷらに。

【ほぼ百字小説】(5207) 地上にも天使の通路があって、天使は通路を低空で飛行する。そんな通路の交差点には天使の衝突を避けるための信号があるが、人間がそれを信号と気づくことはない。まあ何らかのサインを受け取ることはあるらしいが。

【ほぼ百字小説】(5208) 落としたと思っていた財布が家の中で見つかって、天にも昇る心地。でも同時に、何も与えることなく人間を幸せな気分にして感謝させるのはなんと簡単なことなのだろう、と実感できて、天にも昇る心地の中で怖くなる。

【ほぼ百字小説】(5209) 捕獲された猫と金網越しに対面する。金網で隔てられてはいるが、もちろん安心などしていない。猫が液体でもあることは承知している。どんな隙間でもすり抜けて、どんなところにでも入ってくる。それが心の隙間でも。

【ほぼ百字小説】(5210) どこからかラッパの音が聞こえる。天使のラッパという感じではなく、豆腐屋のラッパ。もうそんなものはないだろうから、それに似た何かか。なんにしても黄昏にはぴったりで、これはこれで世界の終わりによく似合う。

【ほぼ百字小説】(5211) いや、人魚じゃないよ。ほら、下半身の魚の部分、目も口もあるだろ。言われてみればたしかに。口を開けた大きな魚が人間の下半身を呑み込んでいる、というのが人魚の正体か。肩まで呑まれてたら人面魚に見えるとか。

【ほぼ百字小説】(5212) 蒸し器なんかめったに使うことはなかったのに最近出番が多いのは、娘が朝食に自分用の茶碗蒸しを作るから。回転寿司で食って以来、そうなった。思いがけないことは思いがけない形で起こる。蒸し器も喜んでいるかも。

【ほぼ百字小説】(5213) 子供の頃、たしかに見た。ブラウン管の四角い光の中に、たしかにいて、たしかに見えたのだ。今、同じ映像を見てもそれは見えないが、見てしまったものを今さら見なかったことにはできなくて、だから今もここにいる。

【ほぼ百字小説】(5214) 近所でいちばん空が広いところで工事が始まり、もうすぐ空が広いところではなくなってしまうな、幼かった娘とよく月を見に来たりしたものだが、とすこし寂しい気分になったが、まあそれは空とは関係のない地上の話。

【ほぼ百字小説】(5215) 近所でいちばん空が広いところだが、昔からそうではなくて、前はごちゃごちゃ入り組んだ路地だったのが丸々更地になり、野原みたいになったそこに今度また何かが建つのだ。頭の中の同じ場所も同様にそうなる不思議。

【ほぼ百字小説】(5216) かつてここには、そんな形状の二足歩行の生き物がいて、ヒトと暮らしていた。なぜ彼らがいなくなったのかわからないまま取り残されたヒトは、まだ彼らがいるかのように同じ形状のものを作った。鳥居と呼ばれている。

【ほぼ百字小説】(5217) 後ろ姿の猫がいる。特徴のある毛並みで、見かけるとすぐにその猫だとわかるが、なぜか後ろ姿しか見たことがないのだ。常に遠ざかっていく姿でしか観測されないそれは、この宇宙が膨張している証拠のひとつなのかも。

【ほぼ百字小説】(5218) 毎日のように歩いている道なのに、少し早めの時間に歩くだけでまるで景色が違っている。普段は見ることのない流れやリズムがいたるところにある。景色を作っているのは通行人なのだなあ、とつくづく思った通行人1。

【ほぼ百字小説】(5219) 鉄道の高架とその柱によって四角く切り取られた夕暮れの空と町並みは、なんだかスクリーンに投影された風景みたいで、そのほぼ同じ時刻、すこし離れた町では映画の中みたいな虹が出ていた、ということを後で知った。

【ほぼ百字小説】(5220) いつもの店のいつもの席だが、今日は隣の席で別れ話が。いや、あちらでもこちらでも、もしかしたら全席で別れ話が、とわかるのは、たぶん他所から聞こえる別れ話に興奮してどのカップルも声が大きくなっているから。

【ほぼ百字小説】(5221) 授業中、教科書の隅を小さな四角で囲ってその中に花札のような小さな風景をよく描いていた。丘とか月とか海とか川とか森とか谷とか雲とか。結局、あいつは今も自分で書いた四角い枠の中で同じことをやっているのか。

【ほぼ百字小説】(5222) 草が歩いている。あの空き地が更地になる前に移住するのか。道路脇の植え込みやら道端の溝の中やらに根を下ろそうとしているが、まだ安住の地は見つかってないようだ。ほとんどが四足歩行だが、たまに二足歩行のも。

【ほぼ百字小説】(5223) 木が歩いている。突然切り倒されることに決まったのだ。公園を出れば、役所内で管轄の押し付け合いになり実行されないとか。街路樹も加わりさながら森。森が動かぬ限りこの町が滅びることはない。魔女が笑っている。

【ほぼ百字小説】(5224) また黒い花だ。最近よく見る。黒い花には黒い虫がとまっている。黒い花の周りは、他の部分よりすこし黒い、いや暗いのか。こんなふうに世界はすこしずつ暗くなるのか。もうすこし暗くなれば、黒い花も見えなくなる。

【ほぼ百字小説】(5225) ひさしぶりに皆で集まったが、ひとり足りないのは、遅れているのではなく、ひと足先にあの世へ行ってしまったから。つまりこれは、集まっているというより待合室で呼び出されるのを待っているみたいなものなのかな。

【ほぼ百字小説】(5226) 屋根が吹き飛ばされて以来、物干しは夏日には灼熱になるので日よけシェードを張ったのだが、今朝見ると、当たり前だが亀がこれまでとは違うところで甲羅を干していた。亀はこの世界の変化をどう捉えているのだろう。

【ほぼ百字小説】(5227) いつもの路地だが、このあいだまで日向ぼっこしていたところではなく今は日陰にいて、ちょうどいい冷たさであろうコンクリートの上にぺたりと寝そべっていた。猫はいつも快適な場所を知っている。猫の地図が欲しい。

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以上、24篇でした。

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