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母の死で知った事実【言の葉Cafe深夜営業】

昨日の流れから、そのまま母の話を書こうと思ったのですが・・・

どうにも筆が重く、時間ばかりが過ぎていきます。
母の命日にポッドキャストをした時は普通に話せたのですが、
文章にするのはまた違うのかもしれません。

時間が掛かりますので、少し文章が歪になるかもしれませんが、それが
「気持ち」なのでご了承いただけると幸いです。

母が無くなった時については、正直そのものよりも、その時の時間の過ぎ方が、時間が歪んでいたような気が未だにしています。
ふたり暮らしをしていた母と僕。
「その日」も普通に朝を迎えました。
少なくとも僕にとっては。

冬休みの最後の日。
「じゃあ、買い物行ってくる」と言って外に出た母。
日常のこと。
僕は振り返ることもせずに軽く返事をしただけです。
だって、日常のことですから。

テレビを見て、本を読んで、ぼんやりして。
元々かぎっ子です。一人で留守番は毎日の事ですから慣れていました。
多少の時間なら。

その日はずっと帰ってこなかったです。
お昼になっても、お昼を過ぎても。
ずっと。

やがて夕方になり、
既に「日常」とは言い難い時間の不在でした。
心配はするけど、小学生にどうしろと?
日が暮れたころ、背広姿の男性が訪ねて来ました。
「お母さんの話を聴かせて」と。

僕はパトカーに乗せられて、最寄りの警察署に。
生まれて初めて乗るパトカー。
でも、まったく嬉しくはありません。
パトカーに乗る時に、近所の人々は好奇心に満ちた目で見てきます。
その目が、いまのこの状況が異常だと教えてくれました。

警察署でしばらく待たされて、遠巻きにチラチラと僕を見て何か小声で話しているのは分かります。
子供だから感じる「いま、僕は腫物だ」と。
何度も聞こえてきた単語は「状況」
それが何を意味するのかは分かりませんでした。でも、ただ事ではないのは分かります。

従姉が駆け付けてきて(文字通り走ってきて)僕を連れて夕飯を食べに。
食欲?
もちろんありません。
何か、ピリピリとした空気だけを感じて、その異様な時間は長いのか、短いのか?
感覚が消えていくような、時間と言う概念が感じられなくなっていくような。
「明日、学校を休もう」と従姉は切り出しました。
従姉とは仲がよく、9歳上で姉のように慕っていました。時には母の代理もしてくれる人でしたので、そんな事を言うのが不思議な感じがしました。

従姉に連れられて、従姉と伯母の家に。
そこで、母と対面しました。
亡くなった母の亡きがらと対面しました。

映画『スタンド・バイ・ミー』では少年たちは見ず知らずの人の死体を見つけて、少年時代の終わりを感じていました。僕は、生まれて初めて見る遺体が母です。
伯母は「病気だった」と説明しますが、それで通じないのは周りにいる警察関係者と新聞記者の小声の話です。

それと、近所の人々の話声。
それはまざまざと母の死を実況します。
自殺であること、その「状況」

むしろ、その現場を見たほうがマシだったのかもしれません。
想像してしまう、その「状況」

僕は笑い出しました。
感情のセーブが効かない、そんな感じです。
どうしていいのか分からない。
生まれて初めて接する「死」が、もっとも近くにいた母の死です。

誰に合う事も出来ず、奥の部屋に一人で座っていました。
苦い、とても苦いチョコレートを与えられて。

警察の聴取は従姉や伯母にも。
その質問が途切れ途切れ聴こえてきます。
僕には聴こえていない。その判断の元で、話は僕の想っていなかった方へ進みます。

僕は父親を知りません。
どんな人かも、
名前も。
まったく。

そのはずです。
僕は「愛の結晶」ではなく「暴力の結果」であるから。

その日、僕は初めて「人の死」を目の当たりにしました。
その日、僕は初めて「自分がどうやって生まれたのか」知りました。

つづく。

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