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本の謎 

家のマンションの近くで女性の遺体が見つかったらしい。
その女性は頭部に外傷があり、何者かに殺されたのかもしれない、ということを隣人の佐々木さんが吹聴して回っていた。
佐々木さんは地域で有名な、噂好きのオバサンだ。野次馬根性が強く、地域のゴシップで知らないことはないらしい。
いつも聞いていないのに、地域のゴシップを嬉々として話してくる。
ウンザリすることもあるが、暇を持て余している私には都合の良い人間だ。
佐々木さん曰く、その女性は文庫本を右手に持って亡くなっていたらしい。
その文庫本には見慣れない深緑色のブックカバーが巻いてあって、そこには”最果て書店”と書いてあったそうだ。
女性は身元を示すものを何も持っていなかったので、警察はその一冊の文庫本から調査を始めるらしいことを、佐々木さんが小耳に挟んだと言っていた。
”最果て書店”、聞いたことない名前だ。
本好きの私は、仕事で全国を回る際には、地域の書店を回るようにしているが、そんな書店があると聞いたことがなかった。
新しい書店だろうか。
調べてみるとすぐに、最近出来たばかりの個人経営の書店だということが分かった。
ただ、その書店があるのは東北の県でここからはかなり距離がある。
しかも、車でも行きにくいような山の中腹にあるとネットに書いてあった。
なぜわざわざそんな場所にある書店へ行ったのだろうか。
仕事で?旅行で?
なぜその女性が”最果て書店”へ行ったのか無性に気になった。
そう言えば佐々木さんが、亡くなった女性は、指に派手な赤いネイルをしているのが見えたと言っていた。親指の爪だけが黒かったとも言っていた。
早速、”最果て書店”のSNSを覗いてみると、亡くなった女性らしき赤いネイルをした人が写っている写真があった。
写真は丁度一ヶ月前に撮られたものらしい。
一緒に写っているエプロン姿の女性は店主だろうか。
その女性がぎこちない笑顔をしているのが気になった。
”最果て書店”のホームページがリンクしてあったので、興味本位で覗くと、
やはり先ほどの女性が店主で間違いないようだった。
店主の名前は長野皐月。脱サラして夢だった書店の経営を始めたらしい。古民家を改装したらしく、”最果て書店”はかなり趣があった。
何か他にビジネスをしているのか、書店は完全に趣味でやっていると書いてあった。
長野皐月は転勤族で、子供の頃に住んでいたときに、この古民家を見つけ、将来この場所で書店を経営したいと考えていたそうだ。
子供の頃からの夢を実現するなんて感心しかない。
先ほどの二人が写っている写真を見返すと、「懐かしい〜!」とコメントしているアカウントがあった。二人の友人だろうか。そのアカウントも覗いてみることにした。
その女性は、亡くなった女性に対しての追悼コメントを発信していた。どうやら中学校時代の同級生らしい。そのコメントの始めに「高本梨花に捧ぐ」と書いており、あっさりと被害女性の名前が分かってしまった。
この分なら警察も、もう身元を特定しているに違いない。
次は”高本梨花”で検索してみる。
高本梨花は目立ちたがりだったようで、本名でやっているSNSをほぼ毎日更新していた。”最果て書店”に行った日もSNSを更新していた。
「皐月が本屋さん始めたんだって!売り上げ厳しいみたいだから、みんな行ってあげて~!」
と高本梨花がコメントに書いていた。
よく見ると、写真に写った長野皐月は笑顔ではあるが、目の奥が笑っていなかった。
この二人、そこまで仲の良い友達じゃなかったんだろうな、と感じた。

3日も経たずに、高本梨花を殺害した犯人が捕まった。
どうやら、高本梨花は家に潜んでいた空き巣と鉢合わせてしまい、運悪く殺害されてしまったらしかった。
空き巣犯は高本梨花とは面識はなく、偶々窓が開いていたからという理由で、空き巣に入ったとのことだった。
そこまで聞いて、佐々木さんに質問した。
「なぜ、被害者は貴重品を何も持っていなかったのに、あのブックカバーがかかった本だけ持っていたのですか?」
「それがね、私が聞いたところによると、空き巣犯は、彼女が本なんて手に持っていなかったって言ってるらしいのよ。空き巣犯と鉢合わせて驚いた彼女は持っていた自分の鞄を犯人に投げつけたみたいで、その時点で何も手に持っていなかったみたいなのよね。本なんて持っていたら記憶に残るわよね。」
佐々木さんが首を傾げて悩んでいる姿を見て、長野皐月の顔が浮かんだ。
なんとなく、彼女なら、高本梨花が本を持って死んでいたことの理由を知っているのではないかと思った。

数か月後、「最果て書店」がある県に出張が決まった。
出張が決まってすぐ、長野皐月のことを思い出し、出張帰りに「最果て書店」に寄ることにした。

「最果て書店」の佇まいは普通の民家のようで、看板が無ければ、それとは分からない雰囲気だった。
閉店間際に寄った為、他には誰も客がいなかった。書店の中は一風変わっていて、本棚がなく、テーブルに平積みにされた本と、壁に所狭しと飾られた本で、どこを見たら良いか分からないようなディスプレイだった。
見せに入ると、長野皐月が奥から出てきて、「コーヒーいかがですか。」と尋ねてきた。
どうやら、コーヒーは一杯無料で飲んで良いらしい。
「有難うございます。いただきます。」
気になった本を手に取って、コーヒーを飲みつつ、少しページをめくってみた。いくつか椅子が置いてあり、自由に座って本を読んで良いと聞き、もう少し早い時間に来れば良かったな、と後悔した。
閉店時間が近いことを知っていたので、本を購入するついでに、長野皐月に聞いてみることにした。
「あの、高本梨花さんってご存じですか?」
そう聞くと、長野皐月は一瞬、会計をしていた手を止めて、「ええ、そうです。中学生時代の同級生です。」と答えた。
怪しまれるといけないと思い、「SNSで彼女と友達になっていて、彼女の投稿を見てここに足を運んだんです。」とウソをでっちあげた。すると、
「そうなんですか。彼女殺されたんですってね。」
と、彼女の方から言ってきて、驚いた。
「そう、みたいですね。」
彼女の、こちらの心情を見透かすような顔を見て、これ以上何かを聞くことを止めた。
ブックカバーを巻いてもらい、本を手に取る。これが、高本梨花が死に際に握っていた本に巻かれていたのだろう。

帰ろうと入口の方を振り返ると、長野皐月が後ろから声を掛けて来た。
「あなたは呪いって信じますか?」
長野皐月はうすら笑みを浮かべて聞いてきた。
「いえ、そんな不確かなことは信じていません。」
きっぱりそう言うと、「そうですか。」と言い、彼女は自分のグラスに入れていたマドラーをくるくると回し始めた。
「梨花はきっと呪われたんですよ。」
グラスに入った紅茶を見つめる彼女の瞳が暗く、鈍い光を放っていた。

もしかして、あなたが呪ったんですが。
喉から出かかった言葉を飲み込んで、「最果て書店」を後にした。
本に掛かったブックカバーをよくよく見ると、薄く幾何学模様のような印が入っており、それが、昔何かの映画で見た呪いの模様のように見えて背筋が冷えた。


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