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短編小説「宇宙人」

サトルには探し人がいる。
中学校の同級生だったレイだ。
レイとは中学校を卒業した後、一週間だけ付き合った。
レイから告白された時、サトルは舞い上がってしまいとても恥ずかしかったのを今でも覚えている。
中学校を卒業した後、レイは遠くに引っ越すことになっていた。
引っ越した後もサトルは関係を続けるつもりだったが、引っ越し先の住所や連絡先を聞いても上手くはぐらかされてしまい、サトルはそれっきりレイとは連絡が取れなくなった。
それどころか、おかしなことが起こった。
中学校の同級生や先生など、誰も彼もがレイのことを覚えていないのだ。
サトルの親友の雄貴までもが、「そんな子いたっけ?」ととぼけたことを言うものだから、サトルは生まれて初めて雄貴と喧嘩をした。
サトルがレイのことを聞けば聞くほど、周りの人におかしな目で見られるから、次第にサトルはレイのことを話さなくなった。
高校生になり、大学生になり、月日が経つにつれて、レイとの思い出も薄れていった。
でも、サトルはどうしてもレイのことを忘れられなかった。
レイと付き合ったあの一週間は確実にサトルの思い出の中にあったからだ。
あれが夢や幻だったとは到底思えない。
レイのことを忘れている雄貴や周りの人間の方がおかしいとサトルは思っていた。

月日が経ち、サトルには真理という恋人が出来た。
彼女はサトルが勤めている会社の取引先の人間で、仕事が出来るサトルの尊敬できる人だった。
付き合って三年が経ち、真理から逆プロポーズをされると、サトルは真理と結婚すると決めた。
その頃から、サトルはまたレイのことを思い出していた。
この気持ちのまま真理と結婚して良いのか、悩みに悩んで、サトルは真理にレイのことを話した。
中学生の頃のことを引きずっているなんて、笑われることを覚悟していたが、意外にも真理は真剣にサトルの話を聞いてくれて、「それはちゃんと清算して。」と言われた。
真理なりの優しさを感じてサトルは、真理の為にもレイのことを探すことを決意した。
とはいっても、サトルの地元の人は誰一人としてレイのことを覚えていないし、卒業アルバムにも載っていない彼女のことをどうやって探せばよいのだろうか。真理にそう言うと、「もしかして宇宙人だったりして。」と真理が言った。
「宇宙人?」
「だって、誰も彼女のこと覚えていないんでしょ?あなたの記憶が確かなら、彼女は宇宙人で、ホシに帰らないといけなくて、周囲の人間の記憶を消した。よくある話じゃない?」
「よくある話って・・・。」
小説が好きな真理らしい妄想だとサトルは思ったが、レイのことを自分しか覚えていないこの状況だと、真理の説がしっくりくるのは確かだった。

その日の晩、サトルは夢を見た。
レイと付き合った、あの一週間の夢だ。

レイから告白された時、サトルは信じられなかった。
レイとは同じクラスになったこともなければ、関わったこともほとんどなかった。レイから告白されて、サトルは思わず、「え、なんで俺?」と呟いていた。
レイは大人びた顔で「なんでも。」と言って微笑んだ。

卒業式が終わった翌日から、二人は色んな所へ出かけた。
映画館や遊園地、カラオケやプールなどありとあらゆる場所に遊びに行った。
初めは、女の子とデートすることに緊張していたサトルだったが、自然体なレイと一緒にいて、自分でも驚くくらい楽しんで過ごせた。
七日目は、レイが水族館に行きたいといったので、朝から水族館に出かけた。
イルカのショーを観た後、二人は水族館の中にあるカフェで休憩することにした。そこでサトルは何の気なしに、レイに進路のことを聞いた。
同じクラスでもなく、ほとんど関わり合いのなかったレイの卒業後の進路を知らず、サトルは聞き出すチャンスを伺っていた。
なんとなく聞けず、気づけば数日が過ぎ去っていた。
レイは、オレンジジュースの入ったグラスを手に持って、ストローでぐるぐるとかき混ぜた。サトルはじっとレイの手元を見つめた。
突然、かき混ぜるのをピタッと止めたレイは、「私、引っ越すの!」と突然言った。
「引っ越す?どこに?いつ?」
「ええと、実は、明日・・・。」
「明日!?」
突然のことで、サトルは驚きを隠せなかった。
「なんで早く言ってくれなかったの?」
「それは・・・ごめん。」
レイは言いにくいのか、俯きながら謝った。
「謝らなくていいけどさ。」
楽しく過ごしていたのに、帰り際はほとんど何も喋らなかった。
解散する時に、サトルが、いつものように「また明日。」と手を振ると、レイは「またね。」とだけ言い、サトルが見えなくなるまで手を振り続けた。
いつもは、「明日はここに行こう!」とか、「明日は駅に8時に集合ね!」とか明日の予定を決めていたのに、今日はレイが何も言わなかったので、サトルは不思議に思った。
家に帰ってから、携帯に連絡が来るだろうと思っていたが、サトルの予想に反して、連絡は何もこなかった。
手を振り続けるレイが、サトルの見た最後の姿だった。

夢の中で中学生の姿のサトルは叫んだ。
「レイ!君は今どこにいるの?」
レイは手を振ってばかりで返事をしない。
「答えてくれるわけないか・・・。」
サトルがそう呟くと、レイが言った。
「結婚おめでとう。」

サトルは飛び起きた。
夢の中のレイが、サトルが結婚することをなぜ知っていたのか?
サトルの夢の中だから、サトルの意識が反映されただけの事かもしれない。そう思おうとしたが、サトルには違和感があった。
遠くで手を振っていたレイが、サトルに向かって手招きしているように見えたのだ。

サトルは一縷の望みをかけて、夢の中に出てきた、あの日レイと過ごした水族館に行ってみることにした。

サトルは有給を取って水族館へと向かった。
平日の昼間ということもあって、水族館の客はかなり少なかった。
水族館に入っていくのは親子連ればかりだ。
ここへ来てもレイがいる可能性は限りなく低いのに、自分は何をしているのだろうか。
一人で入るのは気が引けて、サトルは映画館の入り口近くでしばらく立ち止まっていた。
数分ほど入口付近で入館を躊躇っていると、近くにいた警備員がサトルのことを不審に思ったのか、近づいてきているのが見えた。
サトルは、諦めて帰ろうと思い後ろを振り返り、駅までの道を歩き始めた。
落胆の気持ちを抱えて二、三歩歩いたところでサトルは歩みを止め、横を通り過ぎた、帽子を目深に被った女性の腕を掴んだ。
「レイ、だよね?」
腕を掴まれた女性は、サトルの方を向き直し、「ばれちゃったか。」と言って、おどけた顔をしてみせた。
「久しぶりだね、サトル。」
久しぶりに見たレイはあの頃と姿形が何も変わっていなかった。

二人は近くの川にかかった橋の上に移動して、しばらく川を眺めていた。
サトルは、レイに聞きたいことが色々あったが、迷った挙句、「なんであの時、俺だったんだ?」と聞いた。
「あの時?」
久しぶりに聞いたレイの声も何一つ変わっていなくて、サトルの気持ちは一気に中学時代に引き戻された。
「中学の卒業式の後、俺に告白してくれただろ?あの時、俺は嬉しかったけど、レイとは同じクラスになったこともなくてほとんど接点もなかった。だから、とても不思議だったんだ。」
「今から言う事は信じなくても良いんだけど・・・。」
「信じるよ。」
即答したサトルに、レイは「即答しすぎ。」と笑った。
「私ね、地球外生命体なの。地球には捜査に来ていて、あの年の春に惑星に帰ることになってた。最後に想い出が欲しいなって思ったときに、サトルの顔が浮かんだんだよね。サトルは覚えていないかもしれないけど、私、サトルに助けられてたんだ。一人になりたいけど、一人になりたくないときってあるでしょ?そういう時、いつもサトルが近くにいてくれたんだよね。図書室とか屋上とか。」
「そうだったっけ?」
サトルは確かに、静かな場所が好きで、図書室や屋上によく一人でいたが、そこにレイもいたなんて気がつかなかった。
「サトルの横顔を見ているのが好きだったんだ。」
微笑むレイはどこか寂しそうに見えた。

しばらく二人で、橋の上から遠くの海に見える水平線を見つめていた。
レイは突然サトルの方を向くと「結婚おめでとう。」と言った。
「有難う。」
「じゃあね。それを言いに来ただけだから。」
レイはそう言うと、元来た道を帰って行った。
サトルは追いかけなかった。

帰りながらサトルは、結婚することを言っていないのに、レイが知っていたことを思い出した。レイは本当に地球外生命体なのだろうか?そう考えると、レイのことを誰も覚えていないことや、サトルが結婚することを知っていたことについても説明がつく。
そこまで考えて、サトルは「そんなわけないか。」と呟いた。

サトルは、レイとの思い出は胸にしまって、真理が待つ家に帰ることにした。

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