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失われた『古事記』 『古事記』の裏側を読む

『古事記』は712年に完成しましたが、その原本は失われ、現在は写本のみが残っています。さらに、本居宣長の時代には、誰も読むことができなかったそうです。本居宣長が生涯をかけてこれを解読し、再び読めるようにしました。

『古事記』は天皇家の正統性を示すとともに、日本の歴史と神話を整理・記録するために編纂されたものであり、天皇家にとって非常に重要な書物のはずですが、その原本が失われ、長い間読むことができなくなっていたという事実は何を意味するのでしょうか。書かれた当時は政治的に重要な役割を果たしていたものの、後の時代の天皇家にとっては、それほど重視されていなかったということなのでしょうか。

本当に大事な書物であれば、読み継がれてきたはずですし、「三種の神器」のように、厳重に保管されてきたはずです。それにもかかわらず、そうした扱いを受けなかったということは、天皇家にとって『古事記』はそれほど重要な書物ではなかったと考えるべきかもしれません。天皇家には、天皇家のみに伝わる秘伝や口伝があるのかもしれません。

とはいえ、一般庶民にとっては秘伝を見ることはできないため、『古事記』は過去を知るための重要な手がかりとなります。『古事記』に書かれている系図や神話と、天皇家に実際に伝わる系図や神話は異なるかもしれません。そのため、書かれていることを鵜呑みにせず、編纂・編集の意図や書かれていないことを考え、他の歴史資料と突き合わせ、歴史の裏側を想像しながら読むのが良いでしょう。

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