アトモキセチンをやめた息子について思うこと
こんばんは。ゆうです。
息子がアトモキセチンをやめました。
理由は「自分らしくなくなった」ことでした。
息子がADHDと診断されたのはちょうど19歳の誕生日を過ぎたころ。
彼はその直前に重大なミスをおかしました。
それ以前から私は何となく次男のことを「お兄ちゃんとちょっと違う」と感じていました。
多動や注意欠陥というワードで検索をしていて、それがとうとう確信に変わり
次男に正直に
「ママはあなたがこういう感じだと思うんだけど一緒に病院にいってみない?」
と受診を促しました。
案外抵抗も示さず素直に行ってみるということだったので
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shougai/shougai_shisaku/hattatsushougai.html
に記載されている比較的近いクリニックに予約を入れました。
(簡単に「予約しました」と書きましたが、受診にこぎつけるのは大変でした。
そのあたりはまた別の機会に・・・)
何回か通い、検査を受けてやっぱり「ADHD」と診断がつきました。
なんだかホッとしました。
彼ができないことは努力が足りなんじゃなくて、そもそもできないんだってことがわかったから。
そしてアトモキセチンの服薬を開始して先生と相談しながら最終的には最大量の120ミリまで増やしました。
集中できるようになって仕事もミスをしなくなったと話していたので母親としては良かったと思っていましたが
何ヶ月かして私があれ?と思った時にはもう薬を飲むのをやめていました。
当然「なんでやめちゃったの?」と問い詰めました(怒)
何にも興味がもてない。毎日面白くない。
それが彼の答えでした。
たしかに以前は不注意でじっとしているのが苦手だったけど
その反面、明るくて愛嬌があって楽しい息子でした。
それが服薬を始めてから落ち着いたように見えたのは
ただ毎日が面白くなく興味も持てない毎日になったからだったのかもしれません。
ちゃんと飲みなさい!
というのは簡単だけど
自分じゃない自分で生きていく人生に価値はあるんだろうか?
いろいろ困難なことはあっても自分らしく生きていきたいと思う息子に反対できるだろうか?
ACだった私もずっと自分らしく生きたいと思ってきたじゃない。
娘が旅立った後、残った息子たちはただ生きていてくれればいいと思ったじゃない。
いろいろなことが思い出され、息子の薬を飲まないという選択を尊重することにしました。
また服薬前のように開けっ放しやりっぱなし無くしっぱなしだけど。
マイナスな面よりプラスの面を応援してあげよう。
お母さんは見守っています。
おやすみなさい
よろしければサポートをお願いします!AC・ADHD自助グループの再開に向けて書籍代に充てたいと思っています。残りはトイプのおやつ代に…(*^-^*)