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三題噺:眠り・夕焼け・線路

空が燃えるように赤い。太陽はもう山の端に沈みかけていて、激しく懐かしいオレンジ色だけを空に残していた。見ているだけで寂しく泣きそうな気持ちにさせられる。

「もう卒業だね」

夕日が射しこむ線路沿いの道。遠い過去に引きずり込まれるようなこの景色がそう言わせたのだろうか。隣を歩く彼女が静かな声でつぶやいた。

「そうだね」

と同じようなトーンで私も呟く。彼女と高校で出会って、この三年で随分仲良くなった。初めは無言が怖くて色々とくだらない話をしたのに、今では何も言わなくても心地よい距離になった。それだけ距離が近づいたのだろう。カツカツ、コツコツとお互いのローファーが歩いて音を立てるのを聞きながら彼女と過した日々を振り返る。そういえば彼女と初めて話したのはいつだっただろうか。記憶を遡るも彼女との初めの記憶は部活が始まったあたりだった。

「初めて話した時のこと覚えてる?」

「覚えてるよ。入学式に席が近かったから一緒に帰ったじゃん」

間髪入れずにいとも簡単に彼女が答える。覚えていない私が薄情者みたいだ。入学式か。記憶の糸をたどり寄せると、三、四人で駅までの道を歩く私たちの影が目の前に見えた気がした。そういえば、私たちのほかに二人くらい一緒に帰ったはずだ。今はもうあまり話すこともないけれども。

「あの時、佐藤ちゃんと有栖ちゃんもいたよね」

「話していたら思い出してきた。何部に入るかとか、中学時代の話とかそんな話してたよね、たしか。懐かしい。あれ、三年前か」

話しているうちに芋づる式に記憶が掘り起こされたようだ。彼女の話を聞いているうちに徐々にその時の気持ちがよみがえってきた。

入学式はわくわく半分どきどき半分だった。人見知りの私にとって一から友人を作るというのは一つ壁であったからだ。

小学校でも中学校でも友人は数えるほどしかいなかった。心を開くのに時間がかかる。相手を警戒しているわけではない。ただ相手がどういう人か知らないままに自分の心のままに振る舞うのが躊躇われる。結果、顔に笑みを張り付けて、うなづいているだけ。自分で相手を遠ざけてしまう。

高校ではこのままではいけないと思い、四月時点は自分にしては頑張って話していた。当たり障りのない話題ではあるが、話を振っては自分からも話をした。それでも人見知りは簡単には克服できるものではない。だんだんと会話から遠ざかってしまった。

彼女はそれでも趣味が合って、会話から幽霊のように消えてしまいそうな私を引き戻してくれた。卒業してからもきっと大切な友達だ。

「高校三年間、結構楽しかったね。友達は少なかったけど」

三年間楽しかった。部活も委員会も友達と話すのも。けれども振り返るとやはり数えるほどしか友人と呼べる人がいないのは悔やまれる。楽しかったとだけ口に出せばよかったのに、もやもやは言葉となって飛び出してしまった。自分の中だけに収めておけばよかった。彼女には友達が多くいる。

「まあ、みんな「知り合い」だらけだよね。「友達」なんてほとんどいない。」

私の中の暗闇をふっと掬い上げるように彼女が言った。いつも人に囲まれているような彼女でもそんなことを思うのかと驚く。

「友達、いっぱいいるじゃん。」

「本当に心をさらけ出せる人なんてそんなにいないよ。でも数人いれば十分なんだと思う。」

空の色が徐々に深い青に染まっていく。彼女にとって私は心をさらけ出せる一人に数えられているのだろうか。私にとって彼女は心を見せられる人だけれども。

気がつけば駅の改札だった。会話を切り上げて「また明日」と笑いながら彼女が階段を上がっていく。トントンと軽い足音に私の心も少し軽くなった。友達作るの苦手だって良いじゃない。心を知ってくれる人が数えるほどだけであってもいてくれるのだから。

私は光を放つ電車に乗り込んだ。今夜は心地よい眠りが待っている気がする。


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