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@人狼Game. 一、序【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】

あらすじ:
永墓ながつかカケルは、人狼村に住む高校三年生。18歳に差し掛かると、村では人狼ゲームへの参加が義務付けられ、役割を決める儀式がある。幼馴染の不死川しなずがわユズリハはカケルに涙ながらに「自分は人狼で、カケルが好きだ」と訴えかける。人狼陣営に寝返るようカケルに要請し、死にたくないというユズリハ。カケルの役職は、狩人だった。百日紅さるすべりイツキ、鬼頭きとうカエデら4人の役職も不明。ユズリハは人狼なのか、そしてイツキやカエデは役職持ちなのか。しかし、すべてはユズリハの策略だった。だが、人狼ゲーム自体が、リアリティショーであると知り、すべてを失いながらも、カケルは必ず自らを救い出すことを決意する。


【本文】

「私、カケルのことが好き」
 今にも死にそうな顔つきで、ユズリハは真っ直ぐカケルを見据えた。血の気を失くした青白い唇、必死な形相は、一瞬老婆にも見えた。
 世界の終焉かのような、気味悪い朱色の夕焼けだった。おどろおどろしい黒い雲が、真っ赤に染まった空にまだら模様になっている。村の産廃が小道の脇に放置され、死んだガラクタばかりが山積みになっている。その光景は、これ以上ないほど不吉に見えた。
「例え人狼になったとしても――私、カケルが好き。カケルだって、ずっと気付いてたんでしょ?」
 どうしてか、口の中がからからに干からびて、声が出せない。
「ねぇ……! 返事してよ! 私のことを少しでも可哀想だと思うなら、私に味方してよ! ずっとカケルしか見てこなかったのに、こんな、こんな死に方するのは嫌……!」
 ユズリハを幼馴染として大切に思っているが、それ以上の感情は持ち合わせていない。しかし、制服姿のカケルの両腕を、ユズリハは激しく揺らした。
 墓から出てきた死人に縋りつかれている気がして、怖気が走る。思わずユズリハの華奢な腕を振り払った。強い力で薙ぎ倒されたユズリハは、勢いよく砂利の地面に転がった。酷く荒い息が漏れる。危険信号が頭の中でチカチカとする。震えと怒り、そして拒絶の視線をユズリハに向けた。もし、手の中に鈍器があれば、殴りかかっていたかもしれなかった。
「ねぇ。助けてよカケル。もう貴方しかいない……。こんなこと、話せるの、カケルだけなんだよ……。私、まだ死にたくないよ。お願い……!」
 目にいっぱい涙を湛えて、ユズリハは泣き崩れた。

 ***

 人狼ゲーム。――人々を熱狂させたゲームは、西暦二三〇〇年の今もなお、こうして続いている。
 
 人を喰らう人狼。そして、村の命運を握る占い師。その結果を知る霊能者。村の要人を守る狩人。誰が人狼だか分からない、そして誰が味方かもわからない。そんな恐ろしいゲームは、僕たちの現実だった。昼間に出歩き、夜は全ての扉を厳重に閉めて、怯えながら眠りにつく。翌朝何事もない日は安堵して、心の底から「生」の喜びを噛み締める。一階のキッチンから、味噌汁の良い香りが立ち上って来れば完全勝利。それは、白い鳩よりも何よりも、平和の証だった。

「おはよう」
 黒い、喪服のような学生服に着替えて一階に降りて行くと、母親は笑みを見せた。
「おはよう、カケル」
「父さんは?」
「もう出掛けたわよ。今日ちょっと早いんですって」
 父は、市役所務めだ。そう、と短く答えると、母は俄かに顔を顰めた。
「せっかく近頃、襲撃が少ないっていうのに。父さんたち、朝早く集合なんてイレギュラーなことをしたら、またおかしなことになるんじゃないかしらね」
 カケルの母の勘は、結構当たる。母親の嫌な予感は的中することも多く、幼い頃、母親は村の「占い師」なのではないかと思ったほどだ。そんなはずはないと言い聞かせてきたが、女の勘ほど恐ろしいものはない。それを象徴するかのように、窓の外で黒い鴉がギャアとけたたましい鳴き声を上げた。
「そんなぐらいで。まさか」
 元来口数が多い方ではないカケルは、短く笑って朝食に取り掛かった。

 カケルたちの村は特殊だ。西暦二三〇〇年の現在、この村は国の特別自然保護区に制定されている。緑が豊かなこの田舎村、通称“K”は、歴史的価値があまりにも高いことで有名だ。そのクラスは「特級A」と呼ばれる最大レベルで、人間を含む自然、動物、昆虫に至るまで、生態系が崩れるような駆除は許されない。昔のままの自然を、昔のままに。この村は生きた歴史だった。そんなわけで、この村を出ていくことも、また新たな住人が引っ越してくることも、村の禁忌とされていた。また、村に潜む人狼を、決して外へ逃がさない為の策でもある。村人が保護区の外へ出ると、たちまち体調が急変し、死に至る。
 それは、もはや噂の域でも伝説でもなかった。幼い頃、カケルと同じ幼稚舎に通う女の子が、亡くなったことがある。その頃はまだよくわからなかったが、どうやら保護区域ぎりぎりのところに家があったその女の子は、野花を摘んでいるうちに、保護区域から出てしまったようだった。たったそれだけのことで、身体に大きな紫色の斑点が出来、まるで毒がまわったように亡くなったという。カケルが産まれる前にも、都会に憧れてこっそり保護区域外に出た若者や、死ぬまでに海が見たいと病身を引き摺って外に出た老爺にも、容赦なく死は襲い掛かった。噂や伝説ではなく、住人たちは外に出ると間違いなく死ぬ。疑いようのない事実は、村人なら皆誰でも知っていた。これまで、ただの一人も村の外へと逃げおおせた者はいない。何があろうと、ここで生きて行くしかないのだ。これは運命だった。死ぬまで、この村で暮らし続けなくてはいけない。今更、それに関して異を唱える者はなかった。

「あら、もうこんな時間。お母さんも行かなくちゃ。先に出るわよカケル」
「いってらっしゃい」
 全体が坂になったこの村の頂上には、人狼神社がある。正式名称は違ったが、人狼の襲撃から守ってくれるという言い伝えから、その呼び名が通例となった。襲撃から身を隠すための避難所となっているため、この村では金持ちほど頂上付近に家を建てることが多い。貧乏な者ほど、神社から家が遠かった。そんな、村におけるヒエラルキーですら一目瞭然の中、中流家庭のカケルの家は、比較的平凡な暮らしを送っている。幸か不幸か、村の中腹より少し下にある学校には近く、家を出るのは家族の中で一番遅い。
 母親も出掛けたしんとした家で、味噌汁と白いご飯、母特製の甘い卵焼きとほうれん草のお浸しを平らげる。外では性懲りもなく、大きな嘴をした鴉が数羽、電柱からリビングを見下ろしていた。その視線がどうも気に障り、少しだけ開いていたカーテンを勢いよく閉じた。その音に驚いたのか、鴉は反射的に空中へと飛び去って行く。この村には鴉が多い。自然保護区の観点からも、人狼神社でも、鴉は保護すべき神聖なものだという伝統がある。しかし、カケルはどうしても鴉という生物を好きになれなかった。ぎょろりとした瞳に、禍々しい真っ黒な身体は、どう見ても神の使いとは思えない。
(考え過ぎか……)
 年に平均して数回、人狼の襲撃は起こるが、今年はまだ一度もない。既に半年を過ぎていて、近く何か起こるのは確実と言っても良かった。じとりと嫌な汗がシャツの内側を濡らす。どこか、巨大な台風の前触れにも似ていた。村全体がじりじりと、災いから逃げることも出来ず、また太刀打ちすることも出来ず、ただ大災害が来るまでほんの僅かな間――地震の、余震から本震を待つほんの僅かな間――何も出来ない無力な期間を、皆でせっせと浪費しているように見える。傍目にはいかにも平和に見えた。何ヶ月かおきに葬式に出ることもなく、学校でも誰かが亡くなることもない。ただ、だからと言って、この村に人狼が出なくなったという能天気な声は、一度も聞かなかった。皆、知っているのだ。この村には、確実に人狼が潜んでいるということ。そして、それは簡単に消え失せたりするものではないということを。

「おっはよー、カケル! 遅刻ぎりぎりだよ!」
 登校して教室に入ると、不死川しなずがわユズリハが目敏くカケルを見つける。ユズリハとは家も比較的近く、幼馴染の間柄だ。
「大丈夫。間に合うから」
「もー。また昨日遅くまで起きてたんでしょ? 本好きなのも大概にしないと、人狼の襲撃に遭っちゃうよ?」
「それも迷信だろ」
 人狼の襲撃はいつも夜中だ。腹を空かせた人狼には、灯りのついた民家は恰好の標的となる。それがゆえ、幼い頃は両親にしきりに早く寝かしつけられた。今となっては、子どもを寝かしつけるための常套句になっているということも、分かっていた。早く寝ないと、お化けがくる、鬼が来る、そういったお決まりの脅し文句なのだろう。ただ一つ違うのは、この村では人狼が実在するという点だ。実際に灯りの点いている家が襲撃されているかどうかは、よくは分かっていない。夜中に襲撃を免れた家以外は動くことは出来ない決まりになっているからだ。翌朝になってやっと、変わり果てた住民の姿と対面することになる。
「ケル、カケル! どうしたの? 聞いてる?」
 ユズリハはカケルの腕を揺さぶった。
「考えごとしてた。なに?」
「やっぱり聞いてない!」
「あのね、カケルくん。土曜にヒーリングあるじゃない? あの後皆で遊ばないかって話してたんだけど」
 ユズリハの一番の友人、鬼頭きとうカエデが提案する。ユズリハとは性格は真逆の、おっとりとした女子だ。
「三人で? イツキは?」
「もちろんイツキくんも! 四人の方がいいもんね?」
 タイミング良く、百日紅さるすべりイツキもやって来る。
「おはよ。何話してるの?」
 イツキは大人しく、少し天然なところもあるが、俗に言う癒し系男子だ。しかし、芯は強く大らかな優しさがある。カケルの一番の友人だった。
「イツキ。おはよう。土曜のヒーリングの後遊ばないかって。四人で」
「いいねぇ。僕も行きたい。土曜のヒーリングって何時までかかるのかな?」
「御祈祷まであるだろ。いつもと一緒なら一時間もかからないだろうけど、個別ヒーリングまであるからなぁ」
 十八歳に差し掛かると、村では大人になったという証に、個人別に祈祷が行われる。毎週土曜のヒーリングは、村が一堂に会す、お祈りのようなものだが、個別の行事となると経験がない。カエデはおっとりと指で時間を数えた。
「どうかなぁ。うちのお父さんたちは、二、三時間もあればって言ってた気がするけど」
「げっ、結構かかるんだぁ。やだなぁ」
 元々ヒーリングが苦手なユズリハは机に突っ伏した。漆黒の長い髪が、机にさらりと流れる。ユズリハはツインテールの黒髪。カケルも同じような髪色をしている。対して、色素が薄い髪色をしているのは、カエデとイツキだ。
 カケルは読みかけの本を開きながら椅子に凭れた。
「時間かかるだけならいいけど、最悪役持ちになる可能性あるだろ。まぁ可能性は低いけど」
 役持ち――人狼村では、大人になると何かしらの村の役職を割り振られる場合がある。大半が役職をもたない村人だが、村で唯一人の占い師や、霊能者に当たる場合もゼロではなかった。噂によると――人狼を割り振られる場合もあると聞いたことがある。ただの言い伝えだが、実際に個別ヒーリングを受けていないので、何とも言い難いものがあった。
「やだやだ。役職持ちなんかになったら、重圧で死んじゃうよ」
 突っ伏した顔をカケルの方に向けて、ユズリハは嘆いてみせた。カケルは本に視線を落としたまま、応答する。
「そーだな。学校の図書委員とかですら渋々のユズリハに、村の役職は厳しそうだよな」
「カケルすぐそうやって意地悪言う!」
 カエデとイツキがくすくすと笑うと、一気に和やかな空間になった。幼馴染のカケルとユズリハが好き放題言い合い、穏やかな性格のカエデとイツキが微笑ましいと笑う。それが、カケルの日常だった。
「でも一回役持ちになっておくと、それ以降はもう新しい役職は割り振られないって聞いたことあるなぁ」
 イツキもそう言うとカケルの横に座り、椅子を寄せた。
「そういう意味では、早めに役を終わらせた方が楽ではありそうだけどね」
 カケルは読みかけの本のページをぱたりと閉じる。
「イツキの意見に同感だけど、でもそれは相当難しいことなんじゃないか。役持ちが一番人狼に狙われやすいのは、わかりきったことだろう?」
 占い師然り、霊能者然り、その他、人狼以外の役職は全て村の要と言ってもいい。従って、村に一番有利な役職が真っ先に人狼に狙われることになる。占い師は毎晩異なる一人を人狼かどうか、占うことが出来る。そうして、霊能者は村会議で吊られた者を、本当に人狼であったかどうか見極められる能力を持っていた。その他の役職は、人狼陣営である狂人、村側の占い師等の要職を守る狩人が存在する。しかし、それ以上の役職は定められておらず、人口六百人程度のこの村で、役職を持つことになる確率はかなり低い。
「まあ、そんなに心配しなくてもいいんじゃないかな。一応ヒーリングが終わってから待ち合わせする?」
 イツキがそう言うと、担任が教室に入って来る。そうして、この話はそこで一旦保留となった。

 二、 儀

 三、真

四、占

 終章【完結】


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