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冷たい桜 第9話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】[完結]

「……? えっ?」  上島は、がばっと跳ね起きた。いつの間に家に戻って来ていたのだろうか。考えてみても記憶はない。霊媒に疲れて、桜の木の下で寝てしまったことは覚えている。無意識のうちに、帰ってきていたのか。いや、そんなことはありえないだろう。逡巡していると、寝室の扉が開いた。 「おはよう、勇朔」  神楽だ。 「チセイ! 何で、ここに」  霊媒をすることは、神楽には話していなかった。昨日霊媒をしたことも、知らないはずだった。 「どうしてだろうね? まあ、色々と事情が

    • 冷たい桜 第8話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

      「上島さん、本当に大丈夫ですか。もう無理せんとって下さいね」  玄天は言った。上島は華山家人々に挨拶をして、総本山を後にした。今も神楽が付き添ってくれている。 「神楽……すまなかった。結局お前に迷惑をかける形になっちまったな」 「いや? 迷惑だと思ったら最初から一緒になんかいないよ」  神楽は穏やかにそう受け流しているが、神楽の体には、まだ上島が怪我をさせた痕が残っている。上島は、心底神楽に申し訳ないと思っていた。謝るだけでは済まないようなことをした場合、人はどうやって許しを

      • 冷たい桜 第7話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

         舞い散る桜の花びらの中に、上島は佇んでいた。酷く禍々しい巨大な桜。まるで桃源郷のように美しい花を咲かせるのに、何故こんなにも怖ろしく感じるのだろうか。 そこには、小さな子どもがいた。見事に咲き誇った桜の枝を手折ったのか、手に大事そうに抱えている。桜の木の近くに親しい人が居るようで、輝くような笑顔で、その人物に手を振っている。陽光眩しい、優しい季節だった。  しかし、子どもの瞳は次の瞬間、絶望に見開かれた。青空が広がっていた、うららかな春の日は、一瞬にして様変わりする。空はこ

        • 冷たい桜 第6話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

           家に帰ってから、上島は既に温くなってしまったコーヒーを、ぼんやりと口に運んでいた。いつもなら熱々のコーヒーでないと嫌で、すぐに替えてしまうのだが、今日は入れ替えることを思いつきもしなかった。テレビも点けず、ただひっそりとした家のソファに、魂を失ったかのように凭れている。考えるということをしたくなかったが、そうもいかない。あの霊は、一刻も早く霊媒しなくてはならないだろう。  思案していると、空気を割るような音で電話が鳴った。びくりと体が撥ねる。しまった、音のレベルを間違えて最

        冷たい桜 第9話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】[完結]

        • 冷たい桜 第8話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

        • 冷たい桜 第7話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

        • 冷たい桜 第6話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

          冷たい桜 第5話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

           その翌週には、上島と神楽は華山家総本山に向かっていた。二人は乗ってきた車から降りる。 「ここからは車では進めない。かなり足腰にキツいから覚悟しとけよ」  と上島は脅しのようなことを神楽に言った。 「そんなに歩くのかい?」  神楽は不思議がるが、上島は、車を停めたところからは見えない、奥まった場所にある、広い石階段のところまで歩いていく。 「すぐそこだが、この階段を登らなきゃならん」  上島は親指で階段を指し示す。その後ろには、天高く聳え立つかと思われるような石階段が、ずっと

          冷たい桜 第5話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

          冷たい桜 第4話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

           誰かが叫んでいる。金切り声、桜、死体、嵐。めまぐるしく変わる景色の中で、上島だけがその場所に居た。自分はその場所に立っているだけなのに、辺りは上島にお構いなしにその色を変え、形を変え、上島に迫ってくる。その映像は伸び、縮み、何の脈絡もなく移り変わっていく。まるでテレビの映像が、大画面で周りを取り巻いているような、妙な、それでいて気味の悪い夢だ。 そして唐突に静かになった。轟音の後の静寂。水滴を一つ落としても、その音が聞こえそうな沈黙に変わる。 上島がゆっくりと視線を上げると

          冷たい桜 第4話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

          冷たい桜 第3話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

           正確に言うと、ゴーストスイーパーとは少し違う。上島は「霊媒師」だ。巫者とも言う。ゴーストスイーパーというのは、霊を祓って終わりだが、霊媒師は違う。霊媒師は、霊媒という文字通り、霊と意志を通じ合わせることが出来る媒介者だ。ただ祓うだけではなく、霊の意志を聞くことが出来る。また自分の中に霊を取り込み、その声を聞くという点で、ゴーストスイーパーとはかなりの違いがあるのだ。霊の意志を聞くとは言っても、良い霊だろうが悪い霊だろうが、根底にあるのは「成仏したい」という思いだ。その思いを

          冷たい桜 第3話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

          冷たい桜 第2話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

           世間は年の暮れ。師走に差し掛かっていた。平年よりも気温が高く、温暖化の影響であるとかニュースがやかましくさえずっていたが、冬の苦手な上島にとっては有り難い現象だった。どうせ地球もいつかは滅びるのだ。その時に自分がこの世界に存在していなければ、別段、どうということもない。 「次のニュースをお伝えします」  朝のニュースで人気だという女性キャスターが、無機質な声で告げた。人気不人気に関わらず、上島はニュースキャスターというものが好きではなかった。悲痛なニュースに、取ってつけたよ

          冷たい桜 第2話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

          冷たい桜 第1話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

          あらすじ: 上島勇朔は、探偵を装った霊媒師である。中学以前の記憶がなく、根無し草のように生きて来た。しかし、桜の樹の下に死体が放置される事件が発生。パトロンの郁子に「あれは、貴方の事件よ」と事件の調査を依頼される。医者である神楽知静と共に事件解決に挑むが、犯人はどうやら人間の仕業ではないと気付く。助力を乞いに、霊媒師の大元、阿相家総本山を訪れるが、あまりに凶悪な樹齢の為、当主である阿相玄天より支援を拒否されてしまう。しかし、自身の記憶を取り戻す為、勇朔は独力で事件に挑む。そし

          冷たい桜 第1話【創作大賞2024 ミステリー小説部門応募作】

          @人狼Game. 終章【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】[完結]

           すべては終わったと思った。だが、まだ終わってはいない。イツキ――村の占い師は死に、人狼はまだ一匹残っている。今夜食われるのはカケルに違いなかった。 (全滅、か)  今四人の中で生き残っているのは、カエデとカケルの二人だが、カケルは今日生き残った人狼に襲撃される。井手という人狼が一匹残っていることは明白だ。ユズリハのすべての言葉は嘘だったが、カケルは井手だけは人狼だと信じていた。その点については、ユズリハが嘘を吐いても、何の得もないからだ。嘘を吐き、他に居る味方の人狼から

          @人狼Game. 終章【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】[完結]

          @人狼Game. 四、占【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】

           人狼ゲームが始まった。何の違和感もなく、特別なことは何もなく、厳かに人狼ゲームはスタートした。その静けさに却って違和感を覚えるほど、村人たちは人狼ゲームに慣れきっていた。怯え、騒ぐ者は誰もいない。  人狼側に役職の情報が漏れていると聞いたとき、カケルはこのゲームは終わったとさえ思った。しかし、村陣営の役職は優秀だった。カケルにさえ、自分以外の役職は誰だかさっぱりわからない。それにも関わらず、村側は、狼もたじたじとなるほどの快進撃が続いていた。  まず、特に優秀であるのは占い

          @人狼Game. 四、占【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】

          @人狼Game.  三、真【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】

           翌週、何食わぬ顔で登校した学校で、カケルはこっそりとイツキを呼び出した。日曜に家に電話をすることは憚られた。家族にも、誰にも聞かれたくなかったのだ。迷った末に、屋上へイツキを呼び出した。相変わらず、屋上の上空にも何羽か鴉が飛んでいたが、止まり木がなく、普段より距離も遠い。 (どうにもあの鴉は苦手だ)  息を吐いて、グラウンドを見やる。今日の授業は全て終了しているので、残っている生徒は数少なかった。  暫くすると、屋上にイツキがやって来た。 「驚いた。本当にカケルだ。机に手紙

          @人狼Game.  三、真【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】

          @人狼Game. 二、 儀【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】

             ヒーリングは、まだ肌寒い四月一日に行われた。冬はとっくに過ぎたというのに、朝晩は凍えるように寒い。早朝から、人狼神社に詰めかけた村の住人は、境内の前にずらりと居並ぶ。今この瞬間、村には人っ子一人いない。歩ける者は例外なく、足腰が弱った者ですら皆、人狼神社にやって来ていた。そう思うと奇妙な習慣だ。宗教めいてすらいる。がやがやと老若男女全てが集まると、神社の境内から銅鑼が響き渡った。それが開始の合図だった。何やら大きな勾玉が七色に光を放っていて、それがオーロラのように空気に

          @人狼Game. 二、 儀【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】

          @人狼Game. 一、序【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】

          あらすじ: 永墓カケルは、人狼村に住む高校三年生。18歳に差し掛かると、村では人狼ゲームへの参加が義務付けられ、役割を決める儀式がある。幼馴染の不死川ユズリハはカケルに涙ながらに「自分は人狼で、カケルが好きだ」と訴えかける。人狼陣営に寝返るようカケルに要請し、死にたくないというユズリハ。カケルの役職は、狩人だった。百日紅イツキ、鬼頭カエデら4人の役職も不明。ユズリハは人狼なのか、そしてイツキやカエデは役職持ちなのか。しかし、すべてはユズリハの策略だった。だが、人狼ゲーム自体が

          @人狼Game. 一、序【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】

          クロノスの末裔  #十三、終 耳に残るは君の歌声【創作大賞2024 ファンタジー小説部門応募作】[完結]

           暫く開けることのなかった扉を開く。――クロノスが消えて二か月。クロウドはアジトで寝泊まりしていた。自宅に帰ろうと何度も思った。しかし、クロノスの痕跡がすべて消え失せている今、自宅の何もかもがなくなることに、耐え得る覚悟がなかったのだ。もう、クロノスの思い出が詰まった家に帰ることは出来ないかと思った。しかし、ロレンツォから確かにクロノスは存在したことを聞いて、不意に帰りたくて溜まらなくなった。 (――覚悟は出来ている)  家の中は、クロウドのものだけになり、クロノスと過ご

          クロノスの末裔  #十三、終 耳に残るは君の歌声【創作大賞2024 ファンタジー小説部門応募作】[完結]

          クロノスの末裔 #十二、day after day【創作大賞2024 ファンタジー小説部門応募作】

           クロノスが消えた。それは、王宮の外でも変わることがなかった。、クロウド以外の記憶からも、クロノスという存在が抹消されていた。グランツも、クロノスのことを覚えていなかった。 「――で、そのクロノスっていう少年を救う為に、お前は王家に押し入り、王と十二針を暗殺したっていうのか?」  イタリア。フィレンツェにある、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会。十三世紀に建造が始まった、ドメニコ修道会の教会である。緻密に計算された大理石装飾の正面ファサードは、十五世紀にアルベルティによって手掛け

          クロノスの末裔 #十二、day after day【創作大賞2024 ファンタジー小説部門応募作】