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@人狼Game. 終章【創作大賞2024 ホラー小説部門応募作】[完結]

 すべては終わったと思った。だが、まだ終わってはいない。イツキ――村の占い師は死に、人狼はまだ一匹残っている。今夜食われるのはカケルに違いなかった。

(全滅、か)

 今四人の中で生き残っているのは、カエデとカケルの二人だが、カケルは今日生き残った人狼に襲撃される。井手という人狼が一匹残っていることは明白だ。ユズリハのすべての言葉は嘘だったが、カケルは井手だけは人狼だと信じていた。その点については、ユズリハが嘘を吐いても、何の得もないからだ。嘘を吐き、他に居る味方の人狼から目を欺かせようという意図も感じられなかった。

 ユズリハは、カケルに売られるということを思いもしなかったのだ。きっとそうに違いない。カケルの性格からして、人狼を二匹殺したあと――最後にやっと、ユズリハを死刑台に送るかどうかだと考えたに違いない。もしくは、それまでにカケルを掌握出来るという計算があったのだろうと思われた。おまけに人狼神社は人狼の味方ときている。ユズリハの誤算は、カケルが、カンナギから渡されたスマホを持っていたことだ。

 人狼は一匹残っている。そして、狩人は自身を守ることが出来ない。両親を説得し、すぐさま逃げられる準備だけは整え、カケルの家族はまんじりともせず夜明けを待った。

 空が白み始めたとき、カケルはおかしいと思い始めた。人狼の襲撃がない。カケルは今日、誰のことも守れていないのでGJさえ出ないはずだった。

(どういう――ことだ)

 首を傾げる。今日襲撃される家は、間違いなく永墓家に違いないのだ。五時になり、カケルは家族と共に家を出た。目指すは人狼神社の掲示板前だ。

 父母と共に掲示板の前に立ったカケルは呆然とする。

「自噛み――か」

 父親は苦々しい顔つきだった。今夜襲撃された家はなし。死者は、ユズリハの言っていた通り、井手という男性だった。明日吊りの宣告を村から受けた井手という男は、最後にカケルを殺すこともなく、自殺したということになる。

「まさか――」

 信じられない、という思いだった。人狼が人を殺さず自害して終わるなど、考えられない。

「明日死ぬとしたら、誰を襲撃したとて助からない。そう思ったんだろう」

 誰かわかっていない状況ならいざ知らず、人狼がすべて村側に筒抜けとなれば、ゲームを放棄する気持ちもわからなくはなかった。

「井手さん、優しい人だって、ユズリハが言ってたな……」

 何でもユズリハの好きなようにさせてくれると言っていた。それは裏を返せば、井手は人狼に消極的だったとも言える。優しい人柄ならば、人狼の役職は何よりも重責に感じたことだろう。自ら主導権を取ろうとしなかったということはやはり、人狼側はユズリハが掌握していたといっても過言ではない。そうすると、イツキを渋々襲っただのと言ったユズリハの言葉は、やはり嘘だったのだ。

 しかし、ユズリハはもうこの世にいない。

 チャンネル視聴者は、これで満足なのだろうか。井手という男は見た目にも涼しく、忌み嫌われて人狼の役を振られたとは思えない。穏やかな好青年で、どこか得体の知れなさから、ファンから活躍の機会を切望されたのだと推測された。しかし、井手は何を為すこともなく死んだ。井手が人狼としてゲームに勝利することが唯一の道であったのだろうが、そんな気配もなく命を絶った。カケルは拳を握りしめる。

 掲示板に書かれた言葉を読み込むのと、村放送が流れたのは、まったくの同時だった。ノイズ混じりの通りゃんせが村全体に流れる。カケルたちの他にも、村人たちが掲示板を見にやってきていた。

『おはようございます。村の皆様。今朝をもちまして、人狼ゲームは、村陣営の勝利となりました。おめでとうございます』

 無機質な、何の感情も籠っていない女の声だ。村人たちの声が、おお、とどよめく。

 ――この勝利により、暫しの間、カケルたちは無事襲撃もなく生きられることになる。

 だが、不思議と喜びは感じなかった。

(何が勝利だ。何が……!!)

 奥歯を噛みしめ、今にも噛みつきそうな表情で、カケルの中は煮えたぎっていた。最愛のイツキを失い、その原因となったユズリハも死んだ。カエデも姿を見ていない。四人で過ごした日々は、幻と消え失せた。これからは、もう元の生活には戻れない。

 カンナギの存在は誰にも知らせていない。手元にあるスマホだけが、よすがの頼みだった。しかし、何とかやりようはあるはずだ。

 上空には鴉が集まって来ている。人狼神社付近にはいつも鴉が多い。円を描くように飛び、カケルたちを観察している。囚人のような生活は、今後も変わらず続くのだ。カケルは誓う。

(人狼ゲームを、終わらせる……! 俺が、いつか必ず……!)

 例え、次に誰が選ばれ、人狼になり役職になっても、いつか必ず、この歪んだゲームを、殺人リアリティショーを終わらせる。

 朝陽が昇る。一時の安堵が村を支配する。恰も、これで永劫の平和を勝ち取ったかのように、人々の顔つきは明るい。だが、朝陽が昇れば必ずまた空には月が昇るように、人狼は必ずやって来る。

 もう二度と大事な人を失わないように――金色の光を浴びながら、亡きイツキの姿を瞼の裏に焼き付けた。

 

 ***

 

 人狼ゲームが村の勝利で終了して暫くしてのことだった。鬼頭カエデはユズリハが死んでから、家に完全に引き籠っていた。カケルも何度か会おうとしたが、カエデはそうすることもなくこの世を去った。どうやら、カエデは人狼側の人間――狂人だったらしい。その咎からか、すっかり狂ったようになり、刎死したと聞いた。カエデは霊能者で、占って色を見てみればすぐ白だとわかると、ユズリハが断言していた意味がわかった。狂人であれば幾ら色を見ようが白だ。今回は狂人の役職騙りもなく至極平和な村だった。占い師や霊能者が真であるとすぐに決め打てた。だが、カエデという沈黙の狂人の存在は、確実に村を蝕んでいた。

 

 そして、カケルは独りになった。それでも、この絶望の世界から脱出することは許されない。来る日も来る日も、無限に時を刻み続ける。無限を表すループ処理――go to 10-―決して逃れられない日々が連綿と続いていく。

 だが、ウロボロスのようなこの世界で、生き続けることのみが、すべてに対する、唯一の勝利なのだ。

 

―了―

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