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創作 2024.07.29

*この作品には暴力的な表現および性的な表現が含まれます。


この生活の先に何があると思っている

何を考えている

アベラ 話すことないわ。何も思いつかない。何?

(間)

ミシェル じゃあ暫くセッションは控えましょう。また何かあれば相談にのるから、連絡してちょうだい。

(間)

アベラ はい。分かりました。ありがとうございました。

バスのなかは満員、ミシェルとはもう会わない、何年も会ってない、誰も知らない、腰の曲がった老婆が前に座っている、私が席を譲ったから、どこにいく、死ぬまで税金、死ぬなら税金、回数券、どうしてか昼なんだ、どこかへ隠れよう。

私は浩瀚な書物をもって出発した。すでに書物はあった。コデックスは4世紀には使用されていた。歴史の幾世紀は書物で埋められている。これをその一冊である。退屈なこの書物を持って出発した人間は私が初めてではない。全く同一人物が何人も同じように出発してきたのだ。すでに私はいた。すでに私は出発していた。全てが既にあったのだ。誰も歴史を止めることも断絶させることもできない以上、この書物は人の手の中にあり続けることになる。もう一方の極には幻影の手が見える。これは虐殺の手である。言葉は焼け野原である。全ての人間が息絶え、地球上にひとりの人間も生存しておらず、あらゆる街が地層深くに埋まるとき、私は不死身となる。言語は失われるからだ。数多の唇が凪ぐとき、地平線の向こうから幾重にも重なった絶叫が聞こえてくる。これは地球が自転する音である。すべての出来事が起こり、尽きた。均等に広がった粒子が静止している。神さへ入れぬ禁域である。私は手を深く体の奥に差し込む。内臓の隙間を辿りながら、人類史の体温が私を死なせてくれない。見るんだ!この血はお前たちの血であったものだ。そしてお前たちの血になるものだ。まるで埋められた歯のように、人間は増殖する。色が光で照らされた。ほら、またひとつ人間が生まれたよ。血に濡れた髪が獣のにおいを放っている。光は水晶体の中で屈折し集められる。水晶体が光で満ちる。色が網膜を焼く。頭蓋の天蓋で繰り広げられる狂気は、のたうちまわる気狂いの息、歯、鼻毛となる。屠られた生物の眼が見ている方には、白飛びした夜空がある。私は書物を手に出発した。書物は既にあった。

©︎ 2024 Yuuki Miwa

*この作品には差別的な表現が用いられていますが、作者に差別を助長させる意図はなく、作品をより的確に表現するために不可欠なものであると考え、使用しています。

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