見出し画像

かれんの友だち【短編小説】

 小野花蓮ちゃんは、私の憧れだ。まず、名前が可愛い。「かれん」なんて可憐な響き、とびっきりの美人にしか似合わない。私はそれを痛感している。
「あ、加藤さんも、かれんって言うの? 同じだね!」
 花蓮ちゃんは、にこりと微笑んでいた。同じ名前とか、とボソッと嘲笑したクラスメイトとは違って。私にも微笑んでくれた。
 あまりにも個体差が違うことは、誰より私が一番分かっている。さらさらの黒髪も、うるうるの二重の目も、シュッとした輪郭や体型も、きらきらの笑顔も、リンリンと弾ける美しい声も、私には無いのだから。
「同じ名前とか嬉しい! ねえ、私たち友だちになろ?」
 同じ「かれん」を名乗るなんて、おこがましい。でも、花蓮ちゃんに提案されて、どの分際で断れるだろうか。中学三年生、もしかしたら、キラキラの学生時代を送れるのかもしれない。
「ねぇねぇ加藤さん、本貸してくれない? 朝読が今日からなの忘れてて……」
「あ、うん。え、なんでもいい?」
「なんでもいいよー、てか、たくさん持ってるんだね」
 友だちなどいなかったから、休み時間は読書で潰すしかなかった。まさか、こんな形で花蓮ちゃんの役に立てるなんて! 先生が教室に入ってくると、朝の読書時間が始まった。
 いつもなら没頭できる読書も、今日は邪念が多くて苦労した。貸した本は、花蓮ちゃんの趣味に合っているだろうか? 変なところに付箋とか貼ってなかっただろうか。長い長い十五分の終わりを告げるチャイムで、ふと花蓮ちゃんの方を見た。頬杖をついて、つまらなさそうに、ぺらぺらとページをめくっている。しまった、チョイスを間違えたようだ。


「加藤さん、期末テストの勉強進んでる?」
 一人でお弁当を食べていると、紙パックのジュース片手に花蓮ちゃんが尋ねた。花蓮ちゃんは、お昼はあまり食べないらしく、私は変わらずぼっちめしを極めていた。
「あーうん。一応やってるよ」
「まじ偉いよね! あのさ、まだLINE交換してなかったじゃん。教えてよ」
「あ、いいよ。交換、しよ」
 すぐに花蓮ちゃんからスタンプが送られてきた。なんだか、芸能人と連絡先を交換したかのような気持ちだった。これでいつでも、花蓮ちゃんとおしゃべりができる。
「ありがとー! 連絡するね」
 今日もきらきらの笑顔がまぶしい。私は、花蓮ちゃんに送っても笑われないようなスランプをいくつか買った。オタク趣味全開のものしか持っていなかったのだ。それすら、使う相手はほぼいないというのに。
 その夜、さっそく花蓮ちゃんから連絡がきた。明日の宿題の範囲を教えてほしい、と。私は、各教科ごとに確認をして返信をする。いつしか、私たちのトークルームは同じやり取りの繰り返しになった。しかし、学校で会えば、花蓮ちゃんは話しかけてくれた。きっと文字より、話す方が得意なのだろう。

「ねー、花蓮、まだやるの?」
「一応、卒業までやるけど」
 加藤に近づいたのは、内申点を上げて高校受験の推薦を貰うためだ。去年付き合っていた彼氏が、思いのほかやんちゃで、なぜか私の評価も下り坂になりかけた時、加藤と同じクラスになった。いじめられている、と有名で、名前も知っていた。
 私は、いじめられっ子にも優しくする生徒として、先生からの評価を上げ、推薦も貰えた。「三」と付けたくなるところを「四」にしてもらえたら上出来だ。授業で加藤と二人組を組んだのも、ダサいシャーペンを拾ってやるのも、勉強を今以上に頑張るより楽だった。どうせあと数ヶ月で会わなくなるし、勝手に縁は切れるだろう。最後まで抜かりなく〝仲良し〟でいても負担は重くない。
「加藤チャンって、高校でもぼっちぽいよね」
「わかる~、花蓮が最初で最後の友だち的なね~」
「別に友だちじゃないよ。どうせあいつ、一生友だちいないでしょ」
 あ、まだ明日の宿題に手を付けてないや。後で加藤に写真送ってもらお。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?