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トマトにもカロリーがあると知る春の日

今日も今日とて体重計に乗る。若木がほっそりとしなやかに枝を四方に伸ばすのとは反対に、年輪の如く蓄積されていく、脂肪が、不摂生が。

エルビス・プレスリーがホットドッグを食べ過ぎて死んだという噂があるけどあれは不正確だとこの歳になって気付く。ホットドッグを食べ過ぎて死んだんじゃない、ホットドッグを食べ過ぎる速度にカラダがついていけなくなったのだ。生きることに速度を出し過ぎたものたちの末路だ。

一方、生きるのに速度を出し過ぎた人たちとは違って、男はベルトの上に乗る腹の肉に慄く。この肉は実存だ。凡人が否が応でも実存主義に至るのは、どう足掻いてもこの肉に神からもたらされたものであるかのような属性を読み解くことが出来ないからだろう。プレスリーはまだ自らの肉体が福音であるうちに死ぬことができた。「僕たちには速度が足りない」男はそう呟く。

僕たちには速度が足りず、あまつさえカレーライスとビックマックの重りがぶら下がっている。このままカロリーに追いつかれてはいけない、と彼らの絡みつく手を振りほどき、3日ほど腹筋をし、また元の生活に戻る。

僕たちには速度が足りず、無神論者たちのラマダーンが幕を開ける。日が昇るとともに珈琲を注ぎ、祈るように空っぽの胃に流し込んだはいいものの、中途半端な信仰心によってカフェオレと化けたその液体のカロリーは一杯70kcal。

16時間断食という新しい宗教を都合よく見つけ出して、朝を抜き、昼と夜の食事を秤で正確にえりわけ、腹の中に収める。そのまま翌日の朝を迎えれば新しい宗教は成就するというのに、睡魔にいびつな不協和音が混じる。

深く息を吸え 温かいお茶を飲め
けれど先ほどまでただの不協和音に過ぎなかったものが今では睡魔を押しのけツィゴイネルワイゼンの如く鳴り響いてるではないか。

男は冷蔵庫を開ける。神に縋るように。
カロリーのないハンバーグ、カロリーのないビックマック、カロリーのないちらし寿司、カロリーのないケバブ、カロリーのない牛ステーキ丼をください。そうでなくてもこのツィゴイネルワイゼンが少しでも収まるのなら──

男はカロリーのないプチトマトを見つける。正確に言えば、男はこの時点ではトマトにカロリーがあるのかを知らない。

男は「トマト カロリー」と検索する。頭の中ではツィゴイネルワイゼンが一番激しい旋律を昇りつめている。

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