あの時、
私の人生は選択の連続である。以下に私の経歴を示そう。
高校中退
高校中退
大学卒業
大学院中退
2月から就活をし4/1入社
中退は逃げたわけではない。そこには確たる芯があった。
そう、だから、あの選択を「し続けた」。
全て
私は芯を持って生きる、というより芯を持ってないと立てない人間である。背骨が人を支えるように。この芯に沿って私は選択の連続を行なってきた。
可能性を広げるわけでも、遊び心でもない。そのときそのときの確たるゴールを目指して選択を続けた。そして、その責任にどんな泥も啜り続けた。
そして今の私がある。
数学が私の支え
高校中退には熱い話がある。だがそれはどうでも良い。それは他者から見て熱く見えるだけである。
私は、「数学」という一つの芯にしがみついて生きていた。それができない高校にいた。だから辞めた。それだけの論理である。
人の役に立つことが私の支え
人の役に立つことが私の支えに変わった。数学は支えだったが、もうボロボロだった。私は数学を杖にして、人の役に立つことを背骨にした。
だから数学とITという強力な武器に、ビジネスの知識を加え、化学の世界へ飛び込んだ。
人を救うことが私の支え
私は選択の連続の上で全力を出してしまったがために倒れた。背骨はバッキバキだった。
そんな私の背骨を直してくれたのは「人を救うこと」である。エゴでもあるし、自己満足でもある。
ただ、ただ、私は選択をする人間が私と同じような末路に辿り着くのは避けたかった。そして私自身もここで終わるわけにはいかなかった。
法律、カウンセリング、哲学、コミュニケーション論……様々な武器を身につけ、研磨をし、私は広い海に出ることになる。それが将来、色にならないとしても。
現実にすることが私の支え
「人を救うこと」を現実にするチャンスが来た。就職である。急遽いただいた機会に私は全力で投球した。確固たる芯があったからである。
そして今、私は未来を見ている。まぁ、間違えた選択しちゃったら、また選択し直せばいいさ。
答え合わせ
僕には数学しかなかった。世界の全てを知りたかった。でも人を救いたかった。でも裏切られた。同時に数学も失った。
人間不信になって全てが怖くて、石ころだと思わないと過ごせない日々が続いた。数学しか見れない日々が続いた。でも僕は数学から逃げた。
楽に、普通に、人生を全うしたかった。好きでもないが就職率の高い化学系に進んだ。それが転けた。完治しない病と一時的なパニック障害を抱えた。
でも僕は、何かを求め続けた。
あの選択が、僕の人生を困難なものにした。