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エスコンフィールドへ行きたい! -今年のオールスターに寄せて- | 20世紀生まれの青春百景 #92

 小学生の頃、当時のスカイマークスタジアムの内野席でお安く野球を観戦できるチケットが学校で配布されていた。

 2009年の春にそのチケットを使って、オリックス・バファローズの試合を観に行き、タフィ・ローズやアレックス・カブレラの姿を生で観られたことは未だに脳裏に焼きついている。現在もタイラー・オースティンやグレゴリー・ポランコなど、長打力が自慢の助っ人は来日しているものの、ありえないほどのムキムキな身体から放たれる鋭い打球と圧倒的な威圧感はあの時代の助っ人ならではだったと思う。60本塁打を放ったウラディミール・バレンティンや、王貞治さんの記録を塗り変えた村上宗隆選手など、単年では彼らの記録を塗り替えた選手もいるが、やはりあの存在感は格別だった。

 そんな助っ人たちの記憶とともに、わたしはスカイマークスタジアムの芝が印象に残っているのだ。天然芝ならではの、一面に広がる緑色の景色。阪神甲子園球場へ訪れた際も土と芝のコントラストに驚かされたが、数々のファンが魅了されたように、わたしもスカイマークスタジアムの虜になってしまった。現在はほっともっとフィールド神戸に名前が変わり、オリックス・バファローズの主催試合も少なくなったが、それでもこのスタジアムを訪れる際には特別な想いを抱く。いつまでも、わたしの野球の原体験であり、特別な時間だったと思う。

 あれから何年も経ち、昨年の春に社会人の仲間入りをしたが、野球が好きなことは何ら変わっていない。マツダスタジアム広島、HARD OFF ECOスタジアム新潟といった印象的なボールパークが生まれ、その度に球場の構造や名場面に感動し、シーズンでも国際大会でも感動的な場面がいくつも生まれた。好きなチームのひとつひとつの場面に一喜一憂したり、好きな選手のホームランや奪三振に歓喜したり、野球のファンでいて良かったという場面がいくつもあった。

 大袈裟かもしれないけれども、そんな思い出たちの中で、エスコンフィールドHOKKAIDOは「絶対に死ぬまでに訪れよう」と決めている。この球場で生で野球を観るまでは向こうの世界へは行けないなあ……と、構想を見ていた頃から思っていた。今日はかつての同僚がオールスターを観に行っていて、先を越された。笑

 日本には日本の野球文化が根付いているが、エスコンフィールドをはじめとした北海道ボールパークFビレッジは、日本的な野球文化の振興と、アメリカ生まれのボールパークの思想を一体的に推し進めるもの。日本の野球史において、ひとつの街を変えうるほどのボールパーク構想がこれほどの規模で進められたことはないし、まったく新しいプロジェクトとして、どんな事例となるのか非常に注目している。野球だけでなく、文化振興の側面でも注目していて、規模としてはより小さなものになるかもしれないが、野球という文化をどう浸透させていくか、広げていくかという流れを見つめていきたい。

 スタルヒン球場、円山球場など、北海道には読売ジャイアンツを中心に年に一度プロ野球チームがやってきてはいたが、移動の問題で長年本拠地とはされなかった。しかしながら、北海道日本ハムファイターズと札幌ドームは緻密な戦略の末、北海道に“プロ野球”という文化を根付かせた。残念ながら、いろいろな問題の末にファイターズは北広島市に本拠地を移すことになったが、偉大なる“HIROBA”の痕跡は決して色褪せはしない。この先も、きちんとした計画のもとで前向きな再出発を図ってほしいし、まだまだ老朽化するほど古くはなっていないだろう。

 今年のオールスターはファイターズの選手たちが数多く選出され、エスコンフィールドで躍動する選手を心ゆくまで満喫できる。あらためて、このボールパークでオールスターが観られることに幸せを感じるし、明日の明治神宮野球場も野球文化に多大な貢献を果たしてきた。再開発で建て替えも取り沙汰されているが、あらためて、さまざまな側面から野球文化を見つめるきっかけにしていただけたら、もっと野球をおもしろがっていただけるのではないだろうか。

 2024.7.23
 坂岡 優

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